| 所在地 | 〒272-0133 千葉県 市川市 行徳駅前2-22-2高橋ビル1F |
|---|---|
| 電話番号 | 047-300-3820 |
| FAX | 047-300-3821 |
| matsuokaseikotsuin@nifty.com | |
| 院長 | 松岡 良一 |


5月3日、4日、新潟県の苗場山に山登りに行った。
前の日は、いつも通り、夜12時まで、受付だったので、寝たのは、3時40分だった。
朝5時10分に起きて、荻窪駅前7時30分集合に、あわせた。
荻窪に着くと、土砂降りだった。
3日の日は、宿に泊まって、4日の日が、山登りだったので、雨でも気にならなかった。
宿に着くと、部屋にガムテープが、置いてあった。
このガムテープは、部屋にいるカメムシを捕る為のものだった。
部屋にカメムシがいるのは、初めてだったので、少しビックリした。
(小さい頃、カメムシを掴んで臭かった思い出がある。)
宿のお風呂は、温泉でいい雰囲気だった。
ご飯も、いろいろ、海の幸、山の幸が、あり、美味しかった。
次の日、朝4時に起きると、外は、雨だった。
とりあえず、苗場山に向かって、行くと、道路が、封鎖され、その先は、雪が、積もっていた。
苗場山の山登りは、中止になり、次に、平標山に、行くと、雷雨で、凄くて、これも中止になった。
せっかく来たのに、山登りをしないで、帰るのは、ということで、群馬県の榛名山の山登りとなった。
雨が、降っている時は、観光客も、少なかったが、
晴れると、たくさんの観光客で山は、一杯になった。
(ロープウェイが、あるのと、景色が、素晴らしいので、人気の観光地。)
帰りの高速で、一人は、睡眠不足で、爆睡、もう一人は、体調が、悪いようだった。
例のごとく、後ろの席で、寝ていて、
起きたので、運転しているリーダーに、声をかけた。
・ ・ ・ ・反応なし ・ ・ ・ん ? ・ ・ ・
その後、車が、横に、ブル、ブル、と、3回揺れた。
とくに、道路に異常は、なかった。
その後、サービスエリアに入って、リーダーと話をすると、
その時は、意識が、朦朧としていたらしい。
体調が悪いのに、雪山の山登りが、中止になり、テンションが、下がりぱなしの状態だったらしい。
今回は、わたしも、あまり山登りしてなかったが、なんか疲れていた。
時間の流れは、過去、現在、未来と思っている人が、多い。
だから、現在は、過去が、あってこそ、存在していて、未来は、現在どうするかで決まる。
と思っている。
また、別の人は、未来、現在、過去と時間が、流れていて、未来から流れてくるものを、
どれを選択するかで、現在が決まり、それが、少し経つと過去になると考える。
最初の方の考え方で、現在は、過去の積み重ねで、出来上がっていると考え、
例えば、現在が、不幸だと、未来は、現在の積み重ねなので、これからも、不幸と思ってしまう。
後の方の考えだと、あくまで、選択なので、
自分にとって、幸せか、不幸を選択すれば、よいだけである。
今まで、不幸でも、幸せの方を、選択すれば、人生は、一変する。
実際は、不幸な考え方の積み重ねをしているので、不幸を選択してしまってる。
だから、今の状況が、不幸だとしても、幸せな考え方の積み重ねをすれば、
状況も、幸せになると思う。
本来は、幸せも、不幸も、そういう状況があるわけではなく、本人が、そう思うだけであるが、
この時代の日本の人の一般的な人の考える幸せ、不幸の状況自体も、本人次第だと思う。
私は、もしかすると、過去、現在、未来は、それぞれ、存在していて、
その時代で、頑張れば、互いに影響しあっているのでは、ないかと想像している。
こう考えると、どの時代でも、それが、他に影響及ぼすので、その時代、その瞬間を
大事に生きるのが、大切ではないかと思う。
明日から、苗場山の山登りに行く!
楽しんでこようと思う。
最近、整骨院で、後片付けを、している時、福山雅治の「家族になろうよ」という曲を、かけている。
どれほど深く信じ合っていても
わからないこともあるでしょう
その孤独と寄り添い生きることが
「愛する」ということかもしれないから
という歌詞が、あり、なかなか、深いなあと思っている。
同じ屋根の下に、二人の人間が、暮らしている。
それぞれ違った環境で、育ち、違った価値観を持っている。
そんな二人なら、お互い、なんでこの気持ちが、わからないの?(孤独)
という事が出てくると思う。
それは、違った価値観を、持つ二人だから、しょうがない。
ただ、その時、相手を愛していれば、理解しようと努めるだろう。
二人が、同じ立ち位置にいて、あなたと私の中で、問題を解決しようとする場合、
お互いが主張するタイプの場合は、妥協ということになるかもしれない。(損得で計算するから)
お互いが思いやりを持つタイプの場合は、自分の事より、相手が大事なので、
相手が、喜ぶ事が、自分の喜びなので、うまくいくと思う。
主張するタイプと、思いやりのタイプの組み合わせだと、主張するタイプが、我儘し放題でも、
思いやりのタイプが、相手の為に尽くしてくれるので、うまく、いくだろう。
主張するタイプが、いつか、その思いやりに気づくと、自分の態度を省みて、優しくなるだろう。
もうひとつは、あなたと私と、 個と個と考えないで、
家族という共同体を、一心同体という気持ちを持って考える事が、出来るとバランスが、とれると思う。
問題は、同じレベルと解決しようとすると、無理が、きやすいと思うが、ひとつ視点を上げると解決すると思う。
福山さんは、違った価値観を持ったが二人が出会い、日々の生活の中でお互い傷つけたりあってりするけど、
段々と家族になっていくんだよ。
というメッセージを、訴えているのかなと思った。
今回、福山さんのこの詞をみて、やっぱり、それぞれの分野で追求している人の言葉は、深いなあと思った。
ルックスも、声も、考え方も、生きかたも、かっこよすぎる。
だから、多くの人に、愛されるのだろう。
今日、昼休みに、バイク屋さんで、いつも乗っているスクーターのオイル交換と、エンジンの調子が、悪かったので、みてもらった。
流石、バイク屋さんは、しくみを理解しているので、エンジンの調子は、よくなった。
よく、父親が、人間の身体も、機械と同じで、どこが、悪いか、見つけて、そこを治せば、いいだけという。
(素人は、物事を、表面で、とらえるから困る。)
まず、痛い場所を、特定し、その痛みの原因を見つける。
その痛みの原因に対して、治療する。
まず、痛い場所を、正確に特定するのが、難しい場合もある。
たった、ひとつの筋肉の筋繊維が、捻れているとか。(師匠が、そう言っていた。)
痛い場所の原因の場所が、本当の原因なのか。(治療を一生懸命やっている人は、どんどん追っていくだろう。)
その痛みの原因を、やって、症状が、消え、その後も、症状が、出なければ、治療が、うまくいったといえるだろう。
難しいのは、同じ症状の時で、原因が、違う時、それを、見つけられるか?
同じ症状でも、人によって、回復力が、違う!
同じ症状でも、人によって、生活環境が、違う!
同じ症状でも、人によって、考え方が、違う!
同じ症状でも、人によって、求めるものが、違う!
一人として、同じ人は、いないので、これを、考慮にいれて、3回ですとか、5回です。
と言うのが、難しい仕事に、なっている。
これを、的確に言うには、全てを分ってなければ、言えない。
せいぜい、経験を基に、これぐらいとですという言い方しか出来ない。
いつか、こうですと、完璧に、言い切りたいです。
スーパー銭湯に、行くのが、好きだ。
その中でも、水風呂が、気に入っている。
いろんな本を読むと、人間には、追い詰められると、凄い力、を出す事が、出来ると言われている。(火事場の馬鹿力)
以前、水風呂に入って、我慢すれば、もしかして出来るのでは、ないかと思ってやっていた時期が、あった。
風呂から、出て、鏡をみると、なんか、ぶつぶつが、出ていたことが、あった。
これは、何なのかと、思っていたら、それは、寒さで出る寒イボだった。
これに、気づいてから、身体に悪いと思って、無理はしないようにしている。
ただ、一度だけ、水風呂に入っている時、血管の中で、血液が、炭酸のように、シュワ、シュワしたことが、あった。
これが、身体の状態が、どうゆう状態の時起こるかは、分らないが、また、体験してみたい。
昔、患者さんで、五十肩の人が、いた、その人が、娘の赤ちゃんをみるという事で、1ヶ月ほど、娘の所に行っていた。
帰ってきたら、五十肩は、治っていた。
昔、ダンスをする女の子が、シンスプリント(動きすぎ)で、歩くのも、大変だった。
知ってる整形の先生を、紹介した。
薬の力で、4日で、治った。
その症状は、状況で、意味づけが、変わる、前者は、五十肩で、本当は、大変だったが、そうも言ってられない状況なので、
本人にとって、その意味が、小さくなった。
後者は、本来痛いはずが、薬で脳が痛みを感じなかったので、整合性をとる為に、症状を無くした。
推測だが、たぶん、脳が、認識する事が、肉体的変化を及ぼす事になるのでは、ないか、と思う。
全ては、実証してみなければ、ならないが。
今の状況は、全て自分の意識が、創り出している。
求めると、アンテナが立つ。
アンテナが、立つと、自分の求めたものに、出会うことが、出来る。
ただ、その時に、準備が、出来ていないと、せっかく、出会っても、関わる事が、出来ない。
準備とは、普段から、いつ出会っても、よいように、努力する事だと思う。
よいものに、出会った、でも、お金がない、時間がない、体力がない、理解力がない、根性がない、
昔から、夢のような事ばかり、思っていた。
ただ、思うだけで、行動をしていなかった。
努力をして、行動すると、そこに可能性が、広がった。
また、努力をすると、そこにまた、可能性が、広がった。
また、また、努力をすると、そこに、可能性が、広がった。
いい気に、なって天狗になると、だいぶ、落っこちてしまった。
また、努力をすると、復活した。
また、また、努力をすると、そこに、可能性が、広がった。
今、夢に近づいている。
理想は、人それぞれ違うと思う。
ある人にとっては、家族と、過ごす時間だったり、お金を稼ぐ事だったり、偉くなる事だったり、遊びまくる事だったり、旅だったり、
とにかく、おしゃべりだったり、自分をみつめたり、いろいろ、あると思う。
その為には、まず、自分にとって、何が、一番大切か、考えてみるのが、大事では、ないだろか?
家族を幸せにする為に、お金を稼ぎ、もっと、たくさん稼いだ方が、家族が、幸せになると、思い、頑張って、仕事!仕事!
収入は、増えたが、心が、離れたでは、本末転倒だと思う。
家族でも、亭主関白、かかあ天下、みんな尊重しあう、いろいろあると、思う。
例えば、お父さん(ご主人)が、家族の為に、いつも、仕事が、忙しいとします。
この時、お母さん(奥さん)が、うちのお父さん(ご主人)は、家族の為に、お仕事頑張っていると思っているか、
仕事ばっかりして、家族の事を、ほっといてと思うか、
また、お母さん(奥さん)が、普段、家事をしている事に対して、
お父さん(ご主人)が、お母さん(奥さん)が、頑張って家事をして、家を守っていてくれているから、僕は、頑張れると感謝しているのと、
私は、一生懸命仕事しているのに、家で、ごろごろしていると思っているのか、
相手に対して、損得で、考えるのか、思いやりで考えるのか、
また、自分の相手が、どういう考えの人によるかで、同じ行動でも、相手の受け取り方が、違うと思います。
相手の頭の中は、普通、読めないので、とにかく、コミュニケーションを、とる事が、大事だと思います。
お互い相手に求める理想の姿が、あると、思いますが、それが、お互いの理想通りなら、素晴らしいと思います。
そうでない場合が、多いから、いろんな葛藤が、生まれると思います。
その葛藤が、その本人に気づきを与えるきっかけになると思います。
なぜ、私が、苦しまなければいけないのかと思い相手のせいにしていると、本人の成長は、ないと思います。
いつも、同じ問題で、自分自身を苦しめる事に、なるでしょう。
今、理想の家族が、あるとします。
それでも、お互いの成長の度合いは、違うと思います。
そこで、また、葛藤が、生まれ、気づきが生まれると思います。
日々の暮らしの中で、葛藤が有り、気づき、成長していくのかなと思っています。
5月の連休は、山登りと、友達と遊ぶ事を予定している。
山登りは、苗場山に、泊まりでいく。
一日目に、宿に泊まって、二日目に、朝から登って夕方に、降りてくる予定だ。
普段で、七時間かかると言われているので、雪山だと、さて、どの位かかるのか?
ちゃんと、無事に、帰って来られるのか?
いろいろあるが、遭難と、怪我だけは、しないように、しようと思う。
以前、泊まりで行った、雪山の巻機山(まきはたやま)の山登りの降りで、だーっと、滑って、ストックを刺して、
なんとか止まれてが、ストックは、グニャと曲がり、左膝の内側側副靭帯を、負傷した事が、あった。
私の見立てでは、半年ぐらいと思っていたが、絶対安静と、とにかく、好きなお菓子を食べて、治す事に意識を集中させた結果、
一ヶ月で、治った。(柔道で、右の内側側副靭帯を負傷した時は、半年以上かかった。)
あと、今回は、泊まりなので、前回の白馬山の泊まりの時、山小屋が、混んでいて、一畳半の所に、三人で、寝る状況になった。
二人とも、睡眠導入剤を、飲んで寝たようだったが、眠れなかったらしい。
とくに、リーダーは、朝、ボロボロの状態だった。
私は、どんな状況でも、一分ぐらいで、寝てしまい、この時の朝は、普段より、多く睡眠をとったので、快調だった。
ここで、ひとつ、疑問が、湧いてくる。
なぜ、強靭な精神的と、強靭な肉体的を持つリーダーが、ここまで、打ちのめされたのか?
答えは、私のいびきである。
怪獣並みである、その破壊力は、凄まじい!
昔、整骨院の分院長を、やっている時、友達が、スタッフとして、入ってきた。
昼休みは、みんな昼寝をするので、スタッフの人達には、耳栓を支給していた。
その友達が、私の向かいのベットに寝た。
友達のいびきは、凄まじく、普段、一分で寝る私が、まったく寝る事が、出来なかった。
その時の、ストレスは、強く、もう、ダメだと、思った。
次の日から、昼休みは、アパートに、帰って寝るようになった。
この時、私の心に、いびきは、大きい方が、勝ちというのが、しっかり、刻まれた。
一度でいいから、すやすや、寝息を立ててみたい。
私は、和菓子の豆大福が、大好きだ。
最近は、とんと、ご無沙汰で、食べていない。
豆を噛む時の、食感が、たまらない。
そこには、確かに幸せが存在している。
豆大福を、食べるときは、普通は、お茶だろが、私は、コーヒーである。
好きな物と、好きな物の、コラボは、そこに、至福の時を、演出する。
更に、温泉と、山が、絡んだらもう、大変である。
何で、こんなに、大福が、好きか?考えてみた。
まず、幼い頃から、とにかく、お餅が、大好きだった。
今でも、お正月に、実家に、帰ると、あんこ餅を、1日10個食べ、4日いると、4キロ太るぐらい好きである。
あんこも、好きである。
昔は、よく、毎日、きんつばを食べていた。
あんドーナツに、はまっていた時期もあった。
豆も、どんな豆も、好きなんで、えんどう豆でも、黒豆でも、その噛み心地がとってもいい。
豆の噛み心地と、あんこの甘さと、餅のもちもち感のハーモニーが、素晴らしい。
これも、その人に、あった、豆と、あんこの甘さと、もちもち感と、その大きさとか、割合とか、温度とか、硬さとか、あんこを2種類にするとか、
豆を塩茹でにするとか、香りとか、あんこの包み方を変えるとか、いろいろ工夫すると、その人を更に幸せにする豆大福が、
出来るかもしれない。
とにかく、豆大福を食べている時は、幸せである。
価値、たまに、考えたりする。
世の中には、多くの価値観が、あると、思う。
この人達に、どういうサービス、どういう人が、合うのか?
それが、サービス(商品)であるなら、例えば、ボールペンで、考えると、値段、性能(書き心地)、デザイン、色、触感、重量感、
みんなが、持っているから等、
ひとつの商品に、多くの価値を、持たせれば、地域性とか、そんなに、考えなくてもよいと思う。
これが、人であるなら、例えば、男性で、考えると、かっこいい、男らしい、強い、かわいい、頭が良い、優しい、真面目等、
いろんな価値を持つ人ほど、魅力的な人になると思う。
私は、元々、小さい頃の夢は、警察官になりたいぐらいだったので、正義が、好きで、悪が、嫌いだった。
それが、頭が、良い人、悪い人、お金が、ある人、ない人、優しい人、意地の悪い人等、いろんな人を見るうちに、
世の中には、いろんな人がいて、その人自身が、みんな自分が、正しいと思っている、様々な価値観を、持っているな、
ただ、それを、自分が、正しいと思い押し付けるのは、いけないなと思った。
と言いながら、押し付ける相手に、感情が、動くのが、まだまだですが、これが、うまく出来ると人間的に成長するのですが。
何が、正義なのか、悪なのか、と考えた時、法律、倫理、時代、国、人、で、違うと思います。
昔、ガソリンスタンドで、深夜、働いていた時、外車に乗っている人は、殆ど横柄な人でした。(深夜というのも、あるかもしれません。)
この時、外車に乗っている人は、ダメだと、偏見を持ってましたが、そのうち考えが、変わりました。
外車に乗っているという事は、お金を稼いでいると、(ぼんぼんもいると思いますが。)
お金を稼いでいるという事は、その人の所で働いている人や、お客さんには、貢献している。
その対価として、お金を貰っている。
私の見る、嫌な奴というのは、私の思う、その人の一面に、すぎない。
(今、外車に乗っている人で、接する人は、みんな良い感じの人です。)
今まで、私自身、100パーセント、正義の人、100パーセント、悪の人、見た事は、ありません。
みんなそれぞれ、正義と悪の要素を持っていて、その割合が違うに過ぎない。
また、それも、見る人に、よっても違うし、何を基準にするかで変わると思います。
私自身の人生の目的は、人間性を高めるという事なので、いろんな価値観を持つ人が、納得する人になる事だと思います。
理想は、高く、現実は、様々な葛藤を乗り越えて、一歩、一歩、前のめりでいきたいです!(口ばっかしにならないように、しないと。)