| 所在地 | 〒272-0133 千葉県 市川市 行徳駅前2-22-2高橋ビル1F |
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| 電話番号 | 047-300-3820 |
| FAX | 047-300-3821 |
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| 院長 | 松岡 良一 |


日曜日に、日光白根山に山登りに行った。
最初、勘違いをしていて、以前行った草津白根山だと思って、温泉は、あるのかなと聞いたらないと言っていたので、
今回は、コースが、違うのかなと思っていたら、山自体が、違った。
朝から、雨が降っていて、山登りの時も、最初は、合羽着ていた。
登っていると、途中で、山登りの集団に追いつき、譲って頂いたので、そのまま抜かせていただいた。
譲っていた以上抜かれては、悪いと思いペースを上げたままいたら、二人組みの60代後半の男性が、前にいたので、
抜かしては、悪いと思いペースを落とした。
昔、山登りのガイドさんが、山登りでは、うさぎみたいに、ペースをあげたり、ペースを落としたりが、一番バテルので、ダメだと聞いた。
その悪い登りかたをしたので、非常に疲れた。
やはり、その人に合ったペースで登るのが、大事と再確認した。
今回のセミナーで、多くの刺激をもらった。
歯科医師2名、柔整師3名、スタッフ3名を対象に、セミナーが行われた。
今回のポイントは、感覚と、呼吸法。
右人差し指と、左人差し指を、くっつけた時、右人差し指で、左人差し指を感じたり、
左人差し指で、右人差し指を感じたり、脳の切り替えをすると、感覚が変わった。
呼吸法は、過呼吸を用いた方法で、以外と息が吸えていない事が、分かった。
今回、考え方として、どうしても質問は、自分の聞きたい事を聞いてしまう。
その時、その質問の意味を限定していないと、概念が、大きくなり過ぎて
いろんな可能性を含んでしまう。
自分の中では、この意味だけのつもりで聞いているが、いろんな意味を含んで入る事がある。
いろんな気づきと、今、やることが、分かったのが、収穫だった。
人は、みな、いろんなコミュニティーに、所属している。
家族だったり、会社だったり、地域だったり、サークルだったり、いろいろあると思う。
会社では、社長で、地域では、地元の名士で、サークルでは、リーダーで、家族では、奥さんに頭の上がらない亭主とか。
人は人との関係の中で、自分のキャラクターが、決まってくる。
人は、個々で、生きているのでは、なく、人との関係の中で、自分の役割を決めていく。
だからある人にみせる一面と、別の人にみせる一面は、違うのだが、どちらも、本人である。
人は人との間で磨かれ、成長したりするが、変化を望むなら、のんびりしたコミュニティーより、自分にとって、厳しいコミュニティーの方がいい。
今回参加する、気合の入った合宿で、魂の揺さぶられる体験が、出来ると、意識レベルを上げる事が、出来ると思う。
昔、成功法則とか、プチリタイアとか、流行っていた時期が、あった。
その頃は、それが、かっこいいと思っていた。
山登りのリーダーとは、その頃、山登りではなく、年に何回か、会って、カフェめぐりをして、長時間おしゃべりをする仲だった。
その時、リーダーから、「 松岡!人は、肩書きや、経済力じゃないぞ!それが、なくても、凄い人が、たくさんいるんだから!」と言われた。
と言われたが、その時は、それが、かっこいいと思っていて、頑張って、力を持つ事こそ大事で、あまりピンとこなかった。
昔、プチリタイアに憧れた私は、今、朝から晩まで、仕事をし、休みの日は、講習会と、山登りという生活をしている。
ただ、良かったことは、この仕事が、凄い好きなので、いい感じで、時間が、過ぎていく。
大事なものは、状況によって変わったり、本当に大事なものに気づいたりすると思う。
今の状況が、心地よいのも、居心地悪いのも、そういう状況が、あるのではなく、そう感じる自分がいるだけである。
であるばらば、すべて、本人次第である。
私のいる世界は、私次第。
あなたのいる世界は、あなた次第。
努力という言葉が、ある。
私が、好きな言葉である。
天才という言葉がある。
私が、憧れる言葉である。
昔から、夢のような事を考える事が、好きだった。
昔は、それを、努力なしで、そうなる事を、待っていた。
だが、いつまで待っても、そうなる事は、なかった。
今は、理想が、あると、それに向かって努力すると、なんとか、うまくいくように、なってきた。
努力というと、足りない所を補ってというイメージが、あり、そこに価値がある感じがする。
頑張る姿は、心を打つ!
目標が20という力で達成出来るという時、そこにマイナス5があり、それを、努力で、
修正して、無くすという考えが、一つある。
もう一つは、20に、マイナス5があり、そこにプラス5をという考えがある。
どちらも、目標に対しては、クリア出来ている。
欠点を修正するか、得意なところを伸ばすか?
得意、不得意というのも、どの場にいるかで変わる相対的なものである。
みんな、自分の中に、こうでなければ、ならないというものが、あり、それが、多い人程、
心が、自由になれない。
立場的に、強い人は、それを、強制したり、弱い人は、そこに、葛藤が、強くあると思う。
みんな自分の心の奥底にある、判断基準は、正しいのかという作業をすると、
もっと分りあえるのになあと思う。
ポジティブとネガティブ。
物事をとらえる時、ポジティブな考え方、ネガティブな考え方がある。
物事に取り組むに当たって、モチベーション、技量(行動する能力)、状況、状況を分析する力、のいろいろな要素がある。
この要素に、対して、ネガティブで、望むと、失敗する事は、簡単である。(そして、失敗体験を重ねる。)
また、昔の成功体験が、通用しないのは、この要素に対して、認識が甘いからだろうと思う。
よく、今までの経験で、物事を行い、それで、うまくいく事が、多い。
ただ、これは、全ての要素が、100%合って、うまくいったのではなく、うまくいく要素が、多かった為と思う。
例えば、整骨院に、痛みを持った患者さんが、来る。
問診して、どうして、この症状が、出たか聞く。
この時、患者さんは、この先生は、本当に大丈夫か、判断する。(よく、質問して試そうとする人もいる。 こんなに太っていて、大丈夫か?(笑い)。
これで、治療を受ける事になるのだが、患者さんの要素に、男、女、年齢、症状、原因、考え方、等があり、
また、患者さんを取り巻く状況に、仕事、家庭、人間関係、経済状況、の要素がある。
まだ、私自身、症状をとるという思いで治療している。
症状が、なくなる事で、患者さんが、気持ちに余裕が出来て、周りに対して優しくなり、
周りの人も、患者さんに対して優しくなるんだろうなという所までは、考えている。
患者さん本人にとっては、世界が、変わったと思うだろう。
生きていくなかで、人は、いろいろな影響を受け、常に、同じ状態を保つという事は、難しいと思う。
治療家として、どうしても、症状は、悪と思ってしまっているが、患者さんにとってこの症状が、
何かを気づかせるサインとして出ている事を説明する事できると、もっと大きな意味を持つのでは、ないかと思う。
まだ、今の段階では、出来ていないが、物事をポジティブとして、とらえるだけでなく、ネガティブなとらえかたも、出来、
陰と陽の両方を合わせ持つ方が、より深い感じがする。
光と闇、光しかなければ、光の意味が分らない。
闇しかなければ、闇の意味が分らない。
ネガティブを、ポジティブでとらえると、リスクの可能性が、低い安全な方法と考えられる。
また、ポジティブをネガティブでとらえると、リスクの可能性が、高い、危険な方法と考えられる。
どちらか、一方の立場に立つと、相容れないし、どちらの立場でも、その人の分る範囲でしか、理解できない。
そこで、ポジティブな見方で、いろんな可能性を、考え、
ネガティブな考えで、リスクを減らすのは、どうだろうか?
よく、いろんな人と話をしてみて、ひとつの物事でも、それについて、深く考えている人も、いるし、そうでも、ない人もいて、
いろいろだなと思うことがある。