| 所在地 | 〒272-0133 千葉県 市川市 行徳駅前2-22-2高橋ビル1F |
|---|---|
| 電話番号 | 047-300-3820 |
| FAX | 047-300-3821 |
| matsuokaseikotsuin@nifty.com | |
| 院長 | 松岡 良一 |


Blog記事一覧 > 本。|千葉県市川市行徳駅前 松岡整骨院 - Part 2の記事一覧
インド人のアニータさんという方が、
ガンのステージ4で、全身転移していて、
危篤になって、
戻ってきたら、
ガンが消えたという話の講演会の動画を観ました。
この方は、
愛の方で、
自分を愛することが大事と仰っていた。
自分を愛して満ち溢れていると、
相手から愛されると話されていた。
ある時
私は、
自分を大事にしていない先生が、
患者さんの為に、
施術をするのと、
自分を大事にしている先生が、
患者さんの為にするのでは、
効果が違うと思いました。
そこで、
自分も大事にしなければいけないと思いました。
患者さんにも、
自分を愛していますか?
「?」
自分を大事にしていますか?
と聞いてみました。
ガテン系の方とか、
元ヤンチャ系の方とか、
アウトロー系の方とか、
質問してみますと、
みなさん、
休みが全く無かったり、
飯、風呂、寝るで終わりだったり、
お忙しくて、
自分を大事にする時間が無いのが分かりました。
昔に、身体や、心を痛めた方は、
無理しないと仰っておりました。
ある主婦の方の答えは、
自分を甘やかすと仰っていました。
具体的には、ゴロゴロする。
家族みんなでゴロゴロする。
この答は、いいなと思いました。
お互いが、お互いを甘やかす世界は、
優しさの世界だと思いました。
4月8日に、
非常事態宣言が出て、
私ももう一度、
自分を大事にするで、
考えてみました。
すると、
自分を一番大事にしていない
食べ過ぎ問題に気づきました。
食べ過ぎることで、
身体にダメージを与えている。
というわけで、
久しぶりに、
断食をしました。
前回は、
35日間でした。
今回は、
100日ぐらいやってみようかなと思いました。
やってみますと、
デトックスをした感じになり、
身体の連動性がいい感じになったり、
凄く身体が元気になりました。
断食をしながら、
自分を大事にするということを、
考えました。
大事なのは、
断食する期間でなく、
その後の食生活だと
思いました。
夜は、
サラダがいいなと思いました。
サラダのことを、
考えるようになりました。
で、今回の断食は、
11日間になりました。
110キロ→102.5キロ (7・5キロ減)
日曜日に、
仕事が終わってから、
一番好きなラーメン屋さんの
つけ麵を食べました。(バカ豚つけ麵カツオ味)
一口20噛みして、
味わって食べました。
お腹一杯になりました。
ダイソーで、
サラダを入れるボウルを買いました。
隣のお店で、
お腹いっぱいでしたが、
豆腐ドーナツを一個買い、
外で食べました。
一時間ぐらいして、
サーティワンで、
アイス(スモール2個)
を食べました。
そんなことをしていると、
駅で、トイレに行きたくなりました。
用をたしました。
スーパーに寄って、
モツ、鶏肉
ソラマメ、玉ねぎ、ゴボウを買いました。
帰る途中、
もようおしてきました。
ヤバイ!
途中で、とまりながら、
ゆっくり歩きました。
本当に、
ゆっくり、
ゆっくり、
とまって
また、
ゆっくり
ゆっくり歩きました。
やっと家に着きました。
トイレの前に、
着く一歩の所で、
あーーーーーーーーーっと、
なりました。 (自主規制)
食べ過ぎダメですね。
昔、
私、胃腸が弱いと言う人の言葉の意味が
今、しっかり分かりました!
今回、
身をもって、
学んだことがあります。
身体を鍛える時、
身体を鍛えるのは、
衰えるのが、
嫌だからといって鍛える人がいます。
身体を、
愛で鍛えるができないかなと思っていました。
弱い人を守る為、
弱っている人を守る為、
強くなる。
弱い人、
弱くなっている人に、
優しさで、
接する。
優しさで接したくなる。
大丈夫という安心感を伝えたい!
自分の弱い所に優しく接する。
自分の弱さを認める。
弱さが強さになる。
自分が満たされて
愛が溢れるまでは、
自分の弱さに気づくというのは、
愛の道として、
大事かなと思いました。
断食!
それは、身体と心のデトックス!
あなたは、
何を溜めていましたか?
(言えません! 笑 )
コロナで、
みんないろいろ大変だと思いますが、
頑張っていきましょう!
(*^▽^*)

今年ぐらいから、
西野さんの動画を観たりして、
その発言!
深いな!
いいな!
と思っていました。
給料は、労働の対価。
でなく、他者に提供した価値の対価だそうです。
例えば、おにぎり一個握って、
それを、そんなにお腹の空いていない人に、
50円で売るのと、
お腹ペコペコの人に、500円で売っても、
買うかもしれない。
実際は、300円なら、買うかもしれないけど、
500円なら、我慢するかもしれない。(個人的意見)
おにぎりを握る労力は、同じなのに、
値段が、提供受ける人の価値で決まるという意味です。
私も、お給料は、労働の対価と思っていました。
次に、
山の上の食べ物、飲み物は、なぜ高いか?
患者さんにも、聞いてみました!
運ぶ運賃分じゃないですか?
私もそう思っていました。
強力(ごうりき)が荷物を頑張って運ぶからだと思っていました。
山の上という場所の価値だそうです。
その場所に行かなければ、味わえない感覚。
更に、
さんまは、餌(プランクトン)が多いと、
脂が乗ったさんまがたくさんとれて、美味しい。
けど、値段は安い!
餌が少ないと、脂の乗っていないさんまがとれるけど、
数が少ない、そして、そんなに美味しくない。
でも、値段は高い!
ここの話は、物が良いから、値段が高いではなく、
物が悪いから、値段が安いではない。
需要と供給の話になります。
西野さんは、希少性という言い方をしておりました。
私は、西野さんの話を聞いて思いましたのは、
私自身は、全ての仕事に上下は無いと思っています。
バイトの時も、社員の時も、自営の時も
同じように一生懸命やってきました。
バイトだから、社員だから、
手を抜くという事は、一切ありませんでした。
ただ、今回、勉強になりましたのは、
その仕事が、できるという人が1万人いるのと、
1000人しかできないというのと、
10人しかできないとかで、
金額が変わるというのが、わかりました。
これが、希少性というものだと思いました。
(プロ野球選手、NBAの選手とか。)
みんな一生懸命頑張っていても、
それを、求める人がたくさんいて、
それができる人が少ないもの程、
価値が高くなる。
そこから、考えますと、
いろんな業界、業種
そこで働いていると、
このサービスを提供する。
この物を提供する。
この人を提供する。
というのを、教わって、
それが上手にできるようになって、
仕事はこういうものだとか思ってしまいます。
私の業界でも、
院長とスタッフのトラブルの原因は、
一番、最初の修行先の院長の影響がありました。
今、院長になっている先生の最初の院長が手を出すという指導を行っていた場合、
それを、そのままそういうものだと思っているA先生がいました。
次に、それは、やはりいけないということで、自分はやらないというB先生もいました。
そして、それは、やはりいけないということは、分かっていたけど、自分がやられたので、
それを、誰かにやりたいというC先生もいました。
A先生は、素直にそれを正しいと思っていました。
B先生には、良心がありました。
C先生は、昔やられた恨みがありました。
今では、普通にパワハラになると思いますが、
実際、いろんな人と話してみて、
一番、最初の職場とか、前の職場とか、
最初に教わった先輩とか、上司とか、
の影響を受けている人は多いです。
どうしても、多くの人は、
今までの人生で学んだことを、
ベースに物事を観るので、
それ以外は、分からなくなってしまいます。
西野さんが、凄いなと思うのは、
その物事の仕組みがこうなっているというのが、
分かっていて、それを、相手に合わせて話している所です。
例えば、ボールペンがあります。
このボールペンのフォルムが好きな人がいます。
このボールペンの書き心地が好きな人がいます。
このボールペンの持った時の感触が好きな人がいます。
このボールペンの機能性(三色、シャープペン等、)が好きな人がします。
このボールペンの軽さが好きな人がいます。
このボールペンの値段がお手軽な所が好きな人がいます。
私達は、どうしても、
好き嫌いや、
価値観や、
それぞれの物事の理解度で物事を見ています。
そうすると、
納得できることや、
納得できないが出てきたりします。
小さい頃に、
人に迷惑かけちゃダメというのを、
教わったりします。
そこから、
人に迷惑かけないように、
ルールを守りましょうが出てきたりします。
だから、ルールを守らない人は、
ダメが出てきたりします。
この時、ルールを守るのが当たり前の人と、
ルールを守ることで、心が苦しくなる人がいます。
人によって、
いろんな物事に対する感覚が違います。
そんないろんな人に対して、
西野さんの言葉は、
あっ、そうかなと思える感じがします。
というわけで、
西野さんの本を買っちゃいました。
お正月に読めるといいなと思います。
もし、時間ありましたら、
ブログとか、
動画とか、
オンラインサロンとか、
観てみる。
のは、お勧めです。
(オンラインサロンには、
入ろうと思って、
電話しましたが、
カードを持っていないので、断られました。
カード決済のみだそうです。)
西野さん、
なかなか凄い人です!
(*^▽^*)

昨日、新聞の広告で、
リュウジさんの湯通しキャベツの本を見つけた。
今日、本を買ってみた。
昔、一度でいいから華奢な身体になってみたいと思ったことがあった。
くびれて、
しまったら、
どうしましょう!
ちょっと、
心配です。
( ´艸`)




俺か、俺以外か。(ローランドという生き方)という本を読みました。
テレビで
ホストのローランドさんを観て
その言動に
素直に
カ ッ コ ヨ ス ギ て
笑ってしまいました。
(*^▽^*)
そのローランドさんの本を
読んでみたいなと思っていました。
世の中には、二種類の男しかいない。
俺か、俺以外か。 (by ローランド)
年齢は、どれだけ生きたかは教えてくれても、
どう生きたかは教えてくれないだろう?
たくさん嘘をついてきたけど、
自分に嘘をついたことはないね。
一度も
仕事のやり方には三種類ある。
正しいやり方
間違ったやり方
そして俺のやり方
人生成功したければ、やるか、やらないかじゃない。
やるか、やるかだ。
俺の人生、
俺だけの人生。
主役は誰にも譲らない。
この本を書いていて、気づいたことがある。
自己愛が強いことはもともと知っていたが、
好きな自分でいたい、
理想とする自分でいたい、
自分のことを嫌いになりたくないという気持ちも、
自己愛と同じぐらい強いのだと。
感想
この本を読んで
ローランドさんの言葉は、
いちいちカッコイイ
と思いました。
その言葉を言える実力があり、
その自信が伝わります。
その原動力が
まず自分のこれが好きから始まり
その中で理想の自分を常に追究していく、
そこで妥協してしまう自分は嫌なので
頑張る!
そうやって、自分の理想を
どんどん叶えていく
のかなと思いました。
面白いなと思いました。
自分が自分を好きなので
自分が自分の気持ちを分かるので
自分の気持ちに答えてあげたい!
それがローランドさんが
輝いている仕組みだと思います。
これは、
最強だと思います。
人が見ていても
見ていなくても
自分の為に頑張ることが嬉しい。
理想の自分をみることが嬉しい。
その為の努力は、当たり前と思っている。
そしてその輝く姿は
みんなを幸せにする。
楽しそうな姿
幸せそうな姿は
伝染する
と思います。
(*^▽^*)


そうい
今、患者さんが来られて、山のカレンダーを頂いた。
ありがとうございます!
(*^▽^*)

トッチさん、磯さんの『宇宙の最終形態 「神聖幾何学」のすべて1,2』という本を読んだ。
私達は、物事とか、相手とか、世界を見る時、これはこうだと思って見ている。
好きな人を見る時は、多少の難は、意に介さずだったり、
嫌いな人を見る時は、その言動、所作にいちいち腹が立ったりする時がある。
善人と言われる人の生き方、すべてが、善だったり、悪人と言われる人の生き方すべてが悪でなかったりする。
人が物事や、相手や、世界を見る時、これはこうだと思ってみる見方を平面意識という。
昔、球体(地球)という全体をどうしたら分かるかと考えた。
最初は、この地球上の人の価値観、すべてが分かれば、全部分かるかと思っていた。
でも、それは、価値観という平面の捉え方なので、それでは、内部が分からないと思った。
その球体(全部)を丸ごと捉えるには、どうしたらいいか?というのが、課題だった。
そして、今現在、私ができるのは、価値観という捉え方で、受け入れたり、拒否したりがなくなっているので、
いろんな話が入ってくることができるようなった。
無償の愛(信頼関係)という所を基準にしているので、価値観は何でも大丈夫となっている。
でも、まだ、宇宙すべて分かっていない。(実際は、いろいろ分かっていないことがあると思う。)
私達は、今までの知識や経験を基に、物事や、相手や、世界に、向かいあっている。
私達という一部分が、全体を分かるのは、難しい。
未来なんて分からない。
全体なら、私達という一部分が分かる。
そして、ある時、私は、人の人生は、意識を肉体で制限して生きていると思った。
たた制限されている意識の視点が動いているだけなのかと思った。(想像)
そんな時、磯さんが、講演会で、飛び入りのゲストで参加された。
そして、磯さんと少しだけ、会話ができた。
そこで、磯さんが、フラワーオブライフという言葉を口にされた。
そのフラワーオブライフという言葉が、私には、真理という気がした。
そして、一度、磯さんのワークショップに参加した。
そこで、綿棒で、神聖幾何学というのを、立体で創るというのを、知った。
お手本があるけど、作り方は、教えてくれない。
だから、本人がいろいろ想像する。
その想像が創造になる。
これを、やった時に、これは、個が全体との関係を知るものだと思った。
個が強く手も、弱くても、全体とのバランスがとれない。
なかなか深い! 素晴らしい! と思った。
そして、今回、本を読んで、
フラワーオブライフを通して、奥行きや、側面という平面だけでないことを立体意識という学んだというのが分かった。(初歩)
この奥行や、側面が全体と私の関係であり、ここで、見えてくるものが、現状の私だと思った。
これは、今の私を客観的に見るものであり、私の歪みに気づくものだと思った。
そして、中心から、外側まで内部も見えるから、どういう風になっているのが分かる。
そして、私が分かってくると、同じように相手もどういう風かを重ねると、今の二人の関わりかたが分かってくるのかなと思う。
更に、トッチさんが、すべて答えられると言っておられたので、今の状況をそこに映し出していけば、
この先の未来も分かるのかなと思った。
更に、いろいろ理解が、深まっていくと、角度とか、接触の仕方とかで、展開が変わるのかなと思った。
手は、立体を感じられるから、頭だけでなく、手を使うことが大事だと思った。
狛犬の踏んでいる鞠は、真理のことだと思う。
フラワーオブライフ、これは、今の私を客観的に知りたい人、今の私の現状を知りたい人、
根本、本質とか、好きな人には、お勧めです。
(*^▽^*)

松久先生の「多次元パラレル自分宇宙」という本を読んだ。
本の中で、重要なことは、【皆さん1人1人が生きる宇宙は「あなただけの宇宙」であって、あなた以外の生命は誰も存在せず、関与しないということです。】と書かれています。
【Beingのエネルギー(魂のエネルギー)がゼロポイントで、そのエネルギーの集合体、「いまここ」の自分、
過去の自分、未来の自分、「いまここ」に関与する無限数にある自分、過去のある時点での無限数にある自分
未来のある時点での無限数にある自分、無限数にある自分をすべて包括したものを自分宇宙といいます。
そして、人それぞれゼロポイントが異なります。
ゼロポイントは無限大のエネルギーです。
無限大のエネルギーの集合意識がワンネスです。】
そして、【多次元とは何か。「いまここ」にいる自分とは「違う世界」ということです。
自分より振動数が高いものを高次元といいます。
自分の「いまここ」よりも振動数が低いものを低次元といいます。
また、同じ振動数で違うパラレルや、違う時間の軸をとったパラレルや、違う空間を中心にしたパラレルは異次元です。
異次元と高次元、低次元をすべて含めて多次元です。
だから、多次元は高次元ではありません。低次元でも、異次元でもありません。すべて統括したものです。
いまここは「中心次元」といいます。
「中心次元」以外の無限数の自分を「多次元の自分」といいます。
「中心次元の宇宙」はいまここ次元宇宙です。
そうでない自分の姿を「多次元宇宙」といいます。
それがいまここと同時に存在しているから、「パラレル」という言葉を使います。
しかも、自分だけの宇宙だから、「多次元パラレル自分宇宙」です。
すぐに理解するのは、ちょっと難しいかもしれません。】
と書かれています。
ここに、興味ある人は、ああ、そうか!とか、私の中で、繋がったとか気づくかもしれません。
私の実際の体験としてあるのは、マトリックス・エナジエテックスを患者さんにオマケでやった時に、
時空の渦ができました。
ちなみに、悪友の金ちゃんに、これは凄いからとセミナーを勧めましたが、金ちゃん、曰く、まったく効果が無いと言っておりました。
これは、結局は、自分宇宙なので、そこに、同意をしないと無いと思う人には、無いが創造され、あると思う人には、あるが創造されるのかなと思いました。
本の中で、【欧米人は、個人意識が集合意識よりも強く、日本人は集合意識が個人意識よりも強い。
欧米人は個人意識がハッピーだったらハッピーです。日本人は集合意識、周りが自分をとらえる意識が
ハッピーだったらハッピーという方程式が、DNAにも刻み込まれているので、人からいつもあの人はいい人だ、
常識人だと思われていないと不安しょうがないのです。
欧米人は、個人意識のほうが集合意識より強い。日本人は集合意識が個人意識より強い。】
バランスが大事だと言っています。個人意識があると、言いたいことが言えます。
個人意識が強いと、言いたいことが言えます。(良い点。)
個人意識が強いと、言いたいことを、いいますが、周りとズレてる時もあります。(悪い点。)
集合意識が意識が強いと、周りと調和をとります。(良い点。)
集合意識が意識が強いと、周りに気を使って、遠慮して、意見が言えません。(悪い点。)
理想は、みんなが言いたいことを言って、みんなの納得の答えが出るといいと思う。
松久先生は、いまここを受け入れて上で、自分はこうなるという望みを何となく持っていればいいのです。
大事なのは「何となく」というゆるさです。と言っております。
ポイントは、今の自分を否定しないことみたいです。
一方で理想を求め、一方で、自分を否定していると、なかなか思い通りにならないようです。
前向きと、後ろ向きを一緒にやっている感じでしょうか。
理想の人生を手に入れる方法(松久先生)
①ハートチャクラを意識して、「自分に感謝」と言います。
そのいっぱいのエネルギーを下におろすように意識して、次に第2の松果体のところ(尾骨あたり)を
意識して、「地球に感謝」と唱えます。
その後に地球に向かって「ありがとうございます。お喜びさまです。うれしいです。」
②次にやることは、ハートチャクラをもう一度意識して、「自分に感謝」と言った後に、
心の中でも、口に出してもいいですから、脳の松果体を意識して「自分は完璧だ」と唱えます。
「自分は完璧だ」と言った後で、宇宙に向かって「ありがとうございます。お喜びさまです。うれしいです。」
と言います。
大事なことは、自分を大切にし、地球を大切にし、宇宙を大切にすることが、結局は、自分の為になるみたいです。
自分宇宙ということは、すべては、自分だから、自分が正しいと言って、相手を否定することは、
その世界を拒否しているので、結局は、自分を制限していることになります。
と言っても、私自身、困ったと思うことがまだあるので、制限されている私がいます。
すべてにおいて、これでいいのだ!と言ってみたいです。(願望)

(*^▽^*)
土曜日に、みなっしーから、シュトーレンを頂き、谷口先生が来られ、先生からは、固定材料と本を頂いた。
みなっしー、谷口先生ありがとうございます!
日曜日は、大掃除で、木更津から、両親が来に来てもらった。
ひとりで、ベットを運んだら、結構疲れた。
毎年、年末の床のワックスがけをやると、今年も終わりだなと思ったりすると思うが、今回は、早めだった。(いつもは、30日にやる。)
今年も、後、2週間ぐらいとなるが、まだまだいろいろあるので、油断なく、頑張っていこうと思う。
(*^▽^*)




保江先生の神代到来という本を読んだ。
これは、保江先生が今まで、やってきたことを、先生の言葉で書かれている本である。
本の中で、先生が、道場長から、古くからの門人のみなさんが、数カ月前の指導にあった合気技法をその後毎週の稽古で練習を重ね徐々にできるようになったにもかかわらず、次の指導のときにはその積み重ねなどおかまいなしに、まったく異なった切り口の合気技法を教えてくれる・・・。ここ数年というもの、そんな稽古の繰り返しばかりだった・・・。武道の修行というものは十年一日の如く同じ技法をこつこつと繰り返して技を磨いていくものであるはずなのに、これではいつまでもたっても熟達しないのではないか!
これを聞いたときに、僕は内心憤然としていた。というのは、毎回ちがったことを教えているのは、できるだけ多くの門人の皆さんが本当に合気技法を身につけることができるように、それぞれの皆さんが自分に一番適したやり方を各自で見つけてもらう手掛かりを様々にお示ししているつもりだった。当然ながらそれを喜んで試してくれていると信じていたにもかかわらず、むしろ反対に大いに戸惑っていたのだ!そんな(僕にとっては)情けない真実を突きつけられてしまった形の僕は、本来ならば反省して指導方法を変えていかなければならないところを、生来の天の邪鬼が災いしたかのように開き直ってしまう。数日後にあった東京本部道場での稽古のときに、どういうわけか突然に批判めいたことを僕は口走ってしまうのだから、よほど腹に据えかねていたのだろか・・・。
と書かれている。
私は、合気は、無償の愛と思っているので、この無償の愛が分かる保江先生が無償の愛の分からないお弟子さんに、手を変え、品を変え、それを伝えようとしている。お弟子さんの方は、従来の経験に基づく習得方法で、技法の習得を目指しているのかなと思う。先生の方は、この無償の愛という万能エネルギーを伝えようとしているのだけれでも、お弟子さんは、技という形が大事だと思っているのかなと思う。(保江先生の当たり前は、お弟子さんお当たり前でなく、お弟子さんの当たり前は、先生の当たり前でない。)ポイントは、お互いが見ているところが違うところかなと思う。(違ったら、すいません。m(__)m)
例えば、無償の愛というのが分かって物事を見ると、全ては等しく、尊く、見えると思う。これを、善悪のある人に話をしても、そうは言っても、あれは、ダメでしょうと言われてしまい、なかなか伝わりづらい。
人が肯定するときと、否定するときは、なぜか?と考えた。前から分かっていたのは、私が正しいと思っているから、あなたは、正しくないになる。お互い、正しいとぶつかる。なぜ?肯定したいのか?考えた。それは、私の存在価値に関係すると思った。なぜ?存在価値にこだわるのか?考えた。これが、無くなると、消滅してしまうと思っているから、だから、怖い。譲れない。実際の社会生活では、価値観の世界では、力関係で、強い方が、私の価値観を示し、弱い方が我慢するになる。
私自身、努力、根性タイプなので、時間をかけて、物事を習得してきた。物事を重ねることの良いところは、重ねることで、その積み重ねが、自信になる。その積み重ねが多い程、力が強い。悪いところは、重ねれば、重ねる程、それに囚われる。そこが見えていない場合がある。
拘り(こだわり)という言葉と、執着という言葉がある。こだわりは、素晴らしい感じがして、執着は、やな感じする。その違いは、こだわりは、全体の中で、個が調和がとれている。執着は、全体というのを、考えず、個の気持ちだけを考えている。
今回、私が、まだ、物理的攻撃に対して、無力化できないのは、なぜか?と考えた時、痛いとか、怖いとかの他に、人は、仲良くした方がいいというのを、持っていて、仲良くしないことに対して、許せないを持っているからだというのが分かった。腕前比べは、好きかもしれないが、傷つけあう、殺し合うは、好きでない。そこに、対して、否定を持っている。ここが、現時点の私の未熟なところで、そこに愛が持てないところが課題だと思う。そのような気持ちを持つ人達に対しても、同じ人として、その気持ちを持つ人の敵意や、殺意を抜いてあげることができれば、その人達は、解放され、心に余裕が出てくるのかなと思う。
もし、全てが分かるとしたら、ある人には、人生とは、ただ、視点が移動しているだけですねと言い、また、ある人には、人は、多次元の存在ですねと言い、またある人には、肉体を持って、この地球でいろんな経験をすることですねというと思う。
物事は、どの視点で話をするかで、いろいろ変わってくる。だから、違う視点同士の話は、意味が分からないとなる。
何かの話をするときは、同じ土俵で話をするという前提が大事だと思う。
身体だと、骨の話か、筋肉の話か、神経の話か、皮膚の話か、細胞の話か、氣の話か、愛の話か、
これを、ひとつづつ、分けて、話をしないと、ごっちゃになってしまう。どれが、上手くいって、どれが上手くいかないかが分からない。
私の世界を広げる姿勢として、大事なことは、まず、私自身の考えで、それを、否定せず、まず、素直に聞いてやってみる。それで分からなくても、いつか、分かるようになったりする。否定することは、その世界を拒絶することなので、それでは、私が許可していないので、新しい世界が入ることは、難しいと思う。
素粒子の世界で、観察者の意識が影響するというのがある。この考えを基にすると、何かがあるという、意識を持つ人の世界と、何かがないという意識の人の世界は、お互いの世界が違うことになっているので、この二人が話をしても、お互いが納得しないことになる。
とか、いろいろ考えたりしているが、当面の問題は、夜、食欲がとまらないことである。つい、白くまアイスを三本いってしまう。ご飯もバクバクいってしまう。すると、朝、胃が重い。
こんな私も、人間らしくて、いいなと思うけど、体重計にのると、また増えてる。笑
大きな悩み、小さな悩み、いろいろあるけれど、それが、人生かなと思う。(*^▽^*)

箕輪さんが、堀江さん(ホリエモン)に箕輪さんの本は、俺の言っている多動力を実行しているだけじゃんと言われていた。で、その多動力という言葉が気になったので、堀江さんの多動力という本を買ってみた。
本の中で、80点レベルのジャンルを数多く持つことが現代では、強味になると書かれている。ひとつの事を極めるといのは、素晴らしいが、なかなか難しい。この80点という、点を点どうしでつなげていくいと、いつのまにか、線になり、何か、ひとつの大きな形になると言っている。現代は、忙しいので、ひとつを極めるうちに、人生が終わるということを、言っているのかなと思う。
大事な会議で、スマホをいじる勇気を持てと書かれている。大事な会議で、スマホをいじる人は、まず、いないと思うが、いたら、思いっきり怒られるだろう。ここで、言っている話は、時間には、二種類あり、一つは、自分の意思で自分がやりたいことをやっている「自分の時間」、もう一つは、自分の意思とは関係なく、何かをやらされている「他人の時間」だ。人生の時間には限りがある。だから「自分の時間」を無条件で譲り渡し、「他人の時間」を無意味に生きることの方が、自分の人生を粗末にする無礼な生き方と言えるのではないだろうか、
と書かれている。
そう言われると、そうかなと思うかもしれない。私の命を削ってまで、したくないことをやるのですか?と言われると、そこで、本気で考えるかもしれない。これは、視点の問題なので、私と相手という視点で、考えると、私が本当に、生きたい生きかたという点がでてくる。もうひとつは、私と相手の両方を私ごとでとらえると、やらされているという視点は、なくなる。全体としてどうかという視点になるので。
一方で、人生に目的なんてないと書かかれている。人生に目的なんてない。今を楽しむことがすべてさ。
好きなことを好きなだけやっていると、気づいたら、いつの間にか、手の中に何か大切なものが残っていることがある。これは「何かのため」にやっていたのでは絶対に得られないものだ。多くの人は順序を取り違えている。今、生きている時間、この瞬間を楽しまないでいくら努力したって、成果なんて得られない。
と書かれている。
私は、2014年の時に、山登りで、厳しいところを登っている時に、それを続けていると没頭して、きつさが無くなるというのが分かった。この時、お花を見ながら、景色に夢中になりながら、無我夢中もあると思った。厳しいルートの没頭と、楽しいルートの無我夢中は、同じと思った。
努力、根性が好きな人は、取り合えず、没頭まで、いけると、きつさは、なくなる。楽しいのが、好きな人は、無我夢中でいいと思う。イメージとしては、仕事は頑張らなきゃいけないと思っている人は、多いと思うので、没頭を目指す。無我夢中は、好きな遊び。仕事を遊び感覚でできる人は、無我夢中でいいと思う。
患者さんと話をしていて、あいつは、仕事をしないとか、あいつは、仕事ができないというお悩みの声が聞こえてきたりする。私と相手を比べるという視点で、損得で考えると、確かに、俺はこれだけやっているのに、あいつは、やっていないと思うかもしれない。人によって、仕事の実力、やるき、人生の中の仕事の優先順位が違う。みんなが同じ育ちをしていれば、悩まないと思うが、みんな生き方が違う。私が、いろんな人をまとめるとすれば、取り合えず、みんな仲間だと思って、その人の考え方、その人の実力、その人のやる気、その人の今までの生き方全てを分かった上で、真正面から、真剣に向き合う。そうすると、その人なりのできることが分かると思う。パワーはいるかもしれないけど、その人の都合のいいぶんだけの人との関わり方をするとその人の見える分しか、分からない。真面目な人は、楽しい仕事の仕方が分からないかもしれない。でも、楽しい仕事の仕方を知ると、真面目な人の世界が広がると思う。私も元々、糞真面目なタイプなので、仕事を遊びのようにやる人に、そのやり方を学びたいと思います。(真面目か!)
(*^▽^*)
