| 所在地 | 〒272-0133 千葉県 市川市 行徳駅前2-22-2高橋ビル1F |
|---|---|
| 電話番号 | 047-300-3820 |
| FAX | 047-300-3821 |
| matsuokaseikotsuin@nifty.com | |
| 院長 | 松岡 良一 |


Blog記事一覧 > プライベート|千葉県市川市行徳駅前 松岡整骨院 - Part 19の記事一覧
今日、とうとうパソコンのインターネットがなかなか繋がらない問題が解決した。
インターネットは、無線ランというので、院用のパソコンと、個人用のパソコンを繋げていた。
個人用といっても、それで、整骨院のブログや、メールをやったりしていて、それが、途中で、とまったり、なかなかインターネットが繋がらなかったりしていた。(整骨院用は、ちゃんと繋がる。)繋がらない時は、祈ったり、隙をついたり、いろいろすると、10回目とか、20回目に繋がったりする。いよいよダメな時は、患者さんや、業者の方にやってもらったりした。そして、今回は、患者さんに、インターネットのルーターの位置を変えてもらった。みなっしーにも、協力してもらった。が、やはり、上手くいかなかったので、前に頼んでいた、時間がある時、有線ランで、というやり方をしてもらった。ここでも、みなっしーに協力してもらった。(みなっしーに、残業にさせてしまった。)そして、皆様の協力のもと、とうとう有線で、インターネットが繋がらない問題が解決した。
患者さん、みなっしー、ありがとうございます!これで、ストレスのない世界が始まった。
(*^▽^*)
土曜日の夜に、おばあちゃんのお見舞いがてら、実家に帰った。
なぜか、日曜日の朝から畑仕事を夕方までしていた。
今回は、ジャガイモや、玉ねぎ、キャベツ、レタスの収穫、草取りをした。
私としては、身体を動かすというのは、嫌いでないし、自然の中で、土を感じるのもよかった。
そして、私の真の目的としては、とにかく、ズッキーニを持って帰ろうということだけ考えていた。
自然の中で、作物を育てて、そして、食べる。その収穫という部分だけで関わって充実感を感じている。これが、種からだと、まず、畑を作って、水をやったり、天候や、病気や、虫の心配をして、上手く育つか、育たないかがあり、そして、収穫があると思う。これが、普段の生活になると、この全ての過程は、他の人がやってくれて、後は、スーパーで、食材として食べるだけとなっている。普段の生活では、いろんな物事の一部分でしか関わらないことが多いので、全体が見えない。もし、全てを、見ることが出来れば、私達は、いろんな人や、いろんなものが関わって、生活が出来ているんだと思え、自然に感謝が生まれ、人は、一人では、生きていけないんだと思えるのかなと思った。最近、思うことは、部分に囚われると、全体が見えなくなるな、全体という見方をすると、部分がなぜ、そうなったが分かるかなと思った。(まだ、全体を完璧に、見るやり方は、確立出来ていません。挑戦中です。)
ただ、分かることは、そこに入ってみると、その世界のことが、前より深く分かるんだなと思った。とにかくやってみると、何らかの気づくことが出てくるかなと思った。
行動って大事って思いました。(*^▽^*)
ある先生と話をしていて、今できることを考え、今できることをやるということが大事だと教わった。
その言葉を聞いて、私は思った。今できることをやり続けていると、最初は、面倒くさかったその行動が習慣になり、楽にできるようになり、行動自体の実力も上がってきて、その結果も上手くいく、そして、上手くいくのが、習慣になると、いつも、思ったことは、実現するようになるのかなと思った。
この今できることを考え、今できることをやるというのは、世の中の様々な状況や、実力の人でも、その人なりの今できることがあると思う。
今ある状況が厳しい時は、力がない人は、諦めてしまうかもしれない。力がある人は、それでもクリアしていくと思う。力がない人が今できることをやれば、今より少しできる人になる。その時点で、先ほどまでの私と変わっている。
今まで無理かなと思っていた人が、今できることを考えて、それを行動に移すと、そこにできるという芽が生まれる。
そこにあるのは、その物事と私を比べたときに、あまりに力の差を感じてしまうと、無理ですと思ってしまう時でも、ちょつとだけなら、できることがあり、それを続けていると、そのうちできるようになるという事かなと思った。
私もまだまだなところがあるので、いろんな素晴らしい人の素晴らしいと思うところを吸収していきたいと思う。
今朝、2時に寝て、朝4時に起きて、東京の流通センターのアンマさんの所に行ってきた。(8時30分開場なのに、朝6時には、着いていた。9番目だった。)
アンマさんのいろんな凄いお話は、聞いていて、いつか、お会いしたいと思っていた。
インドの聖者と言われる人に、実際に会ってみたかった。
個人的には、アンマさんのダルシャンで、号泣してみたかった。
スタッフの方は、私が何か聞きたいなという顔をしていたら、声をかけてくれた。流石、アンマさんの愛の精神がしっかりと伝わっているなと思った。
愛にもいろいろあると思う。相手のことを強く思う。また、強く思ってくれる相手がいることで頑張れたり、重荷になったりする。見守る。いろいろ言いたいことは、あるけど、我慢して、敢えて言わない。見守る。その相手の可能性を信じて待っている。見守る。その行為は、その相手に安心感を与え、頑張る原動力になる。
アンマさんに来られる人は、いろんな方が来てる感じがした。それは、アンマさんに、救いを求めていたり、愛を感じたかったり、私が変われるきっかけが欲しかったり、心の平和だったり。
で思うことは、いろんな方が会いたくなるアンマさんの生きる姿勢こそ、みんなが人生を生きる上での、みんなひとり、ひとりのヒントになるのかなと思った。(その人、その人のできることを、その人なりに、一生懸命行えば、それが、その人が輝くということかなと思った。人の輝きは、その人、その人で、違っていいと思う。)
アンマさんの生き方は、アンマさんの行動で、みんなに伝わる。みんなは純粋にアンマさんの為に動きたいと思っている。そうやって行動していると、その人の人生が輝きだすのかなと思った。
明日まで、東京流通センターで、やっておりますので、ご興味ある方は、行ってみるといいと思います。(*^▽^*)
若竹さんの「おらおらでひとりいぐも」という本を読んだ。
木更津の主婦の方が、芥川賞をとったという話だったんで、是非、読んでみたかった。(私は、木更津出身)
人は、年をとると、それまでの人生を振り返って、みることがあると思う。
昔、患者さんの80代のおばあちゃんと話をした時に、ああ、そうかと思ったことがあった。
ちいっちゃい時は、ちいちゃい時の悩み、小学校、中学校、高校、成人、30代、40代、50代、60代、70代、それぞれ、その時には、その悩みがとてつもなく、大きいけれど、時間が経てば、それ程でもないなということだなと思った。
その時代の私は、その時に起きることが人生の全てなので、いっぱい、いっぱいで余裕がないから、悩んだりしていると思う。
人は、全知全能の神でないかぎり、その人の見える範囲で世界を見ている。全体は、その部分が全体の中で、どういう関係で成り立っているかが、分かっていると思うが、部分では、全体が分からない。だから、人を通して、私に気づいていく、そして、世界を広げていく。
本の中の主人公の主婦の方は、愛する夫の為に生きることにした。夫の理想の妻になることが生きる目的となった。そして、それが、主婦の方の幸せであった。(うちの両親には,是非、この姿勢をお互い持ってもらえるといいなと、老婆心ながら、思っております。笑)
その愛する夫が亡くなった時、もう一度私の人生を考えた。
本の中で、小さい頃、主人公は、母親に女を出すのは、良くないと育てられた。その時の気持ちがあったので、娘には、フリルつき服を着せた。それが、娘に後になって聞くと、嫌だったそうだが分かった。
子供の時のその感情は大人になっても、覚えている。子供の時、嫌だったことは、大人になった時、私の子供には、させたくないという気持ちが働いて、親は、子供の為と思ってする。でも、子供は、それが、嫌だったりする。親は、子供の時できなかったことを、子供に託したりしていると思う。それを、子供は、重荷に感じたりしているのだが、親は、気づかない。
親子関係に置いては、親は、子供の前では、立派な親であることが大事と思って、子に教えあげるという姿勢が多々あるのかなと思う。子を不安にさせてはいけないとか、親のメンツとか。ここで、主人公が私の小さい時は、女の子っぽい、洋服は、おばあちゃんが、ダメと言ったの、直美(主人公)は、どういうのが、いい?と聞けたらよかったかもしれない。
ただ、人生の全ての物事を全力で行うということは、大変かもしれません。
そこで、もうひとつの考え方です。例えば、酒癖の悪い父親がいるとします。それを、見て、反面教師で、お酒は、気をつけようと思った子供がいます。同じように、酒癖の悪い、大人になる子供もいると思います。(実際、どっちのタイプもいます。)
とすると、考え方としては、親は、親の思うように、子供に接する、これが、親の人生。それを、どう受け取るかは、子供の人生。と考えると、気が楽かなと思います。(虐待は、いけないと思うけど。)
アドバイスとしましては、愛から、発信する行動は、しっかり伝わります。価値観から、発信する行動は、伝わる時もありますし、伝わらない時もあります。
思いますことは、とにかく、その人が今、大事にしたいことを進めていくといいかなと思います。(*^▽^*)
日曜日に、横浜で小林健先生の量子波のセミナーに参加した。
3年ぐらい前から、このセミナーには、参加してみたくって、一度、小林先生には、会ってみたかった。
3年前のこの時期は、丁度、無償の愛というのを、今の時代、治療に使っている人がいるんじゃないかと思って、インターネットで、調べてみた。その時、小林健先生をみつけた。そして、セミナーに申し込もうとしたが、すでに、満員だった。(やはり、アンテナ感度の高い人は、みつけるんだなと思った。)
今回、小林先生は、自分らしく生きる!
自分らしく生きると、自分が輝きだす!と言っておられた。
自分を大事にする。
食べ過ぎない。
寝ないのダメ。
行動が全て。
悪いことを言われても良い感じで返す。
「肥ってるね。」
「はい。豊かです。」
嫌なことをし続けない。
今、できることをやる。
自分が思ったことをすぐやる。
毎日 継続する。
いつも自分のやっていることが輝いているといい。
人間はパーフェクトでないから。
何でも、一個でもいいからやる。
I am I
being doinng
あなたでなければダメ。
今回、小林先生のお話で、特に、自分が輝く、人間は不完全という言葉が胸をうちました。
私的な感想は、自分が輝く為には、人間は、不完全という所を認める。
その上で、行動する。今の余裕のない状態(状況)は、愛の足りない、毎日の積み重ねの結果。
ただ、これを、いきなり変えるのは、強い精神力や、行動がいるので、大変。
でも、いきなり、10や、5の行動は、無理でも、人間は、つい、怠惰になったり、楽に流される気持ちもあるのは、不完全だからと思えれれば、1や、2の行動だけでも、今より、少し変わることができている。そして、それを、続けていると、いつのまにか、今までの億劫だった自分とは、違っている。(意識が変わっている。)
そして、自分が輝きだせば、それを見た人も、そうだなと思う。
正しく、輝いている小林先生の言葉は、純粋にその人の心に、自分が輝くのは、いいですよという想いを届けていると思う。先生のキラッキラッの感じ素晴らしいと思います。ありがとうございました。(*^▽^*)