| 所在地 | 〒272-0133 千葉県 市川市 行徳駅前2-22-2高橋ビル1F |
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| 電話番号 | 047-300-3820 |
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| 院長 | 松岡 良一 |


Blog記事一覧 > 考える事。|千葉県市川市行徳駅前 松岡整骨院 - Part 35の記事一覧
①今回、島津先生の身体を見てどう見えるか?
という質問であった。
島津先生が土台という話をされていたので、足首という土台を基準に見てみると、その足首の捻じれが、膝や、股関節や、体幹の捻じれに繋がって見えたので、先生にそれを、伝えたら、正解と言われた。
心眼流では、土台から、見るという見方だそうだ。
②脳梗塞のリハビリは、指が曲がったままの状態の時、術者が、指を伸ばしてあげる時、患者さんも、一緒に、伸びろ~、伸びろ~、伸びろ~と言い、術者が曲げてあげる時に、曲がれ~、曲がれ~、曲がれ~という。
昔、骨折のリハビリで、やっていた時は、患者さんに、痛みを、我慢してもらって、力ずくで、曲げたり、伸ばしたりしていた。
このやり方では、痛くされるのが、怖い為、力が入って、反発が生まれる。
それと、比べると、このやり方は、患者さんと、先生が、同じ気持ちになって、ひとつになっている。
だから、実際には、曲げたり、伸ばしてたり、自分自身では、出来ないが、気持ちがひとつになった事で、脳が出来たと思うのでは、ないかと思う。
③女性の身体と、男性の身体の仕組みは違うらしい。
女性は、子宮が関係し、男性は、脳が関係するそうだ。
痛み刺激をすると、女性も、脳になるそうだ。
④タオルの下にハサミを置いて、それを、感じる。冷たく感じるそうだ。
剛身を使うと、指に氣が通るそうだ。
昔、腱引きの師匠と話をした時、指先から、電位が出るというのを、教えて頂いた。
指先の感覚を磨いていくと、氣というのが分かって来るのかなと思う。
いろいろ勉強になりました。ありがとうございました。(*´∀`*)
日曜日に、東京の町田の島津先生の所に、柳生心眼流の活法の勉強に行った。
昨年、柳生心眼流の骨絡の勉強をして、終わりの方で、皮膚絡という言葉が出て、皮膚を触ると、中の筋肉まで緩むという話を聞いた。
そういう話も聞いていたので、島津先生の持っている世界観が分かれば、非常に勉強になるなと思った。
早めに着いたので、島津先生と一体一でお話が出来た。
先生と徒弟制度の話をした。
先生の修行時代は、技は一度しか、見せてもらえず、後は、自分で考えて、試行錯誤したそうだ。
道場に入ると怒られるし、道場から出ていても怒られるし、それを、自分で、考えなければいけなかったそうだ。
そして、私達は、島津先生から、肘とか、肩とか、叩いて頂いて、そこを意識してという感じで治療を教わった。
(急所を突くので、みんなは、結構痛そうにしていたが、私は、痛みに強いので、せっかく、先生が教えてくれるのに、出来ないのは、悪いなという気持ちを持っていた。先生も手加減は、してくれている。)
これが、昔の教え方で、この教え方だと、全く、心に余裕がなくなる。必死である。
ただ、これは、あくまでも、師匠が弟子を一人前にしょうと思って、師匠が奥に、愛情を持っての、厳しさである。また、弟子は、恐ろしいなとは、思いつつも、それが、分かっているから、信頼関係のある上で成り立つ。
私などは、実社会で、理不尽な扱いに、怒り、憎悪、殺意を持ちながら、という時期もあった。
だから、父親が親とか、先生が絶対という考え方を言っていても、同意出来なかった。
でも、こうやって、本当の徒弟制度というのに、触れるのは、とっても、気分がいい。
人は、適当に生きていると、そんなに感動がないかもしれない。一生懸命生きていると、毎日が充実する。
命がけで、生きていると、本当に生きているなという感じがして、その充実感は、一生懸命より凄く強い。
この命がけの精神があるから、昔から今に至るまで、秘伝が、師匠から、弟子に受け継がれていると思う。
今、患者さんで、30代や、40代の方が、いろんな職業で、親方として頑張っている。
そこで、聞こえる声は、昔の若い時の親方みたいには、出来ないと言っている。
怒ると、辞めちゃうから、怒れないそうだ。だから、優しく、優しく。
それを、聞いて思うのは、みんなコミニュケーションが上手に出来ないんだなと思う。
ポイントは、まず、信頼関係、そして、仕事の良さを、仕事ぶりでみせる。
同じ言葉でも、愛情が感じられれば、頑張れる。同じ言葉でも、私を否定されたと感じると頭にくる。
その言葉は、ちゃんと、相手を見て、言ってますか?
って、だけなのですけでど。まあ、人生いろいろですかね。(*´∀`*)
まぁ、私も、昔は、悪気なく、プライドを傷つけて、同僚の先生を怒らした事もありましたけど。m(_ _)m
(写真は、新選組の銃に、柳生石舟斎の剣に、有名な戦の陣太鼓に、曾我兄弟の仇討の手紙だそうです。)
行徳の先生からDVDを頂きました。
欲しかったDVDです。
ありがとうございます。
今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願い致します!
(*´∀`*)
今年も、後少しで、終わりだが、2016年の目標は、ひとつを除けば達成できた。
今年の後半は、流れが読めず、大変だったが、来年は、攻めていこうと思って、行動したら、いい流れになってきている。
本来は、大きな流れの中で、動かされているのを、勝手に、私が動いてと思っているので、葛藤が起こるのだが。
まだまだ見えない事もあるのを、気づかされた今年であった。
来年は、3月1日が、開業から丸10年になり、11年目に入るので、いろいろやろうと思う。
後は、まだ、大掃除が残っているので、油断なく、頑張っていこうと思う。
日曜日に、箱根の明星ヶ岳、明神ヶ岳に山登りに行った。
5時間ぐらいの山登りだったが、晴れているかと思えば、雪が降ったり天候が変わったりした。
身体的には、いっぱい、いっぱいで、最後は、踏ん張りが効かなくなっていた。
いつも、通り、カップラーメン(カップヌードルシーフード味)を食べ、雪の中で、コーヒーを飲んだ。
私の感じる山登りの良さは、最初の頃は、頂上を目指すという目標を達成することだった。
そして、山登りすると、いい人になる。この山に登っている精神状態で、日常生活を送れたら、素晴らしいと思った。
(私の場合は、帰りの電車で寝て、起きると、いつもの私になってしまう。)
そのうち、山登りするだけで、癒されるようになった。(山の高さ、きつさは、関係ない。)
今回、分かった、山の良さは、身体がいっぱい、いっぱいになると、持てる力を、全て出そうとする。(やばいから!)
そして、固まった身体が、動くようになった分だけ、身体が楽になり、元気になる。
土曜日に、患者さんの空手の先生と話をした。患者さんに、私は、たぶん、筋肉がたくさんの人より、細くても、身体をより、動かせる人の方が、パワーあると思うんですと話をしましたら、患者さんの知っている人で、軽量級の人で、重量級の人を圧倒する人がいるという話を教えてくれた。その人は、腕立て伏せとかでも、通常のやり方でなく、いろんな筋肉の動かし方をして、鍛えているそうだ。
身体を100の部分が使える人と身体の1000の部分が使える人では、違うと思う。
言い方を変えると、身体をざっくり分かっている人と、もう少し詳しく分かっている人。
例えば、この100というのを、ひとつのチームと考える。(一固まり)
ここに、Aというチームと、Bというチームがある。
Aというチームは、ここにいる100人全ていろいろ本音で話し合って納得して、やっていこうというチームである。
Bというチームは、ここにいる100人全てが、本人の話せる部分で、いばりたい人は、いばり、言いたくても、言えない人は、我慢し、興味の無い人は、退屈を感じながら、みんな周りを見ながら、関わっている。
Aというチーム、Bというチームは、どちらも、ひとつのチームで一固まりだが、Aというチームは、自由度が大きく、Bというチームは、互いに制限しあっている。
一固まりという単位は、その人が、認識する最小単位。この一固まりを小さくすれば、小さくする程、詳しくなる。
この一固まりを、愛の目で、見ていけば、幸せがどんどん見え、価値観の目で、見ていけば、価値観に合うものは、喜びを感じ、より詳しくなる。価値観に合わないものは、どんどんストレスになる。
と考える事が出来ると、私とあなたで、どっちが多く取れるかより、私とあなたの二人ともが一緒に幸せになれる方が結局は、私の幸せになるというのが、分かってくるのかと思う。
昔、個性を伸ばそうという話が良く言われていたが、上手くいかなかった。それは、ただ、ワガママを助長しただけだった。
それは、個性を伸ばすという意味が分からなくて、そこに、思いやりや、愛がなかったからだと思う。
物事は、いろいろ分かっている方が、上手くいく。いろいろ知らないと、何かが、起きていても、気づかない。知らなくても、愛で生きている人は、問題ない。価値観で、生きている人は、いつか、しっぺ返しが来るかもしれない。(しっぺ返しが、来ても、何の意味か分からない。)
全ての物事を、私ごとのように受け取れれば、親身になりやすい。全ての物事を、他人ごとのように思えれば、客観的になりやすい。
とにかく、今、思っている事をちゃんとやっていくと、楽になる。その為には、私が、私の本当の気持ちに気づく事だと思う。