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2017年 4月

私は、普段、生活している空間にいろいろな世界が重なっていると思っている。

患者さんを見ていて、同じ性別、同じ年齢、同じ体格、同じ程度の怪我で、治りが早い人と遅い人がいるなと思っていた。(今は、どちらも早く治るけど。)これは、コップの水で例えるならば、コップの水が半分ある時、半分しかないと思う人と、半分あると考える人の違いだった。無いという部分に目がいく、ネガティブな人は、治りが悪く、あるという部分に目がいく人は、治りがよかった。

これを人生で考えるならば、ネガティブな人は、いつもダメと思う所に意識がいっているので、人生は不満が多く、楽しくなく、辛くなってしまう。逆に、ポジティブな人は、いつも良いと思う所に意識がいっているので、人生は思い通りにいって、楽しいものとなるだろう。(実際は、全ての物事、ネガティブ、ポジティブとは、いかないだろうが。)

この話は、みんなも分かると思う。一般的には、ポジティブは、いいイメージで、ネガティブは悪いイメージ。

ネガティブな事ばかり話す人は、それを聞いていると、暗くなるので(ポジティブな人は、嫌な気分)、段々と人が離れていく、そして、孤独になっていく。

これを、多くの人は、あの人は、そういう人だから、しょうがないなと思っていると思う。多くの人は、ネガティブな人の気持ちが分からない。

ネガティブな人は、心の中に不安や、心配ごとを持っている、だから、いろいろ気になる。だから、言動がネガティブになる。

だから同じこの物理空間に住んでいる、ポジティブな人と、ネガティブな人は、同じ生活をおくっている感じがするが、全く違う世界にいる。

じゃあどうするか?

ネガティブな人は、

①ポジティブな人に学ぶ。どうしてそういう考え方ができるのか?

②私に自信をつける。私の経験だと、患者さんの80才のおばあちゃんで、老いの不安と死の恐怖というのを持っていた方が、1日スクワット50回出来るようになったら、気持ちも前向きになった。だから、身体を鍛えると、自信がついて前向きになれる。他に、何でもいいので、これはという自信の持てるものを、見つける。これが、心の拠り所になる。

③私という人は、なぜ、ネガティブになるのか、私自身で、考える。どうして、そう思うのか?そう思う時、どう対処すれば、乗り切れるのか?を考える。

④信頼出来る人に相談する。でも、あくまでも、行動して解決するのは、私である。

⑤ネガティブを徹底する。全て悪いのは、他人であり、社会であると思う。私は、悪くない!思いっっきりワガママ放題をやる!ワガママを、やられた方は、大変だが、気にしない。ワガママをやられた方は、これに対応するには、もっと、優しくならざるを、得ない。それを、続けると、我がなくなる。ネガティブを徹底すること自体が、ポジティブになる。(周りは、大変だけど。笑)

 

ポジティブな人は、

今まで見えていなかったネガティブの人の心に気づく。そうして、今までの行動は、知らず、知らず、相手のことを傷つけていなかったかを考える。そうして、もっと優しくなる。

 

愛の反対は、無関心だそうだ。

この時の意味は、無関心が愛から、一番遠く、冷たい。

関心があるから、その人に対して、感情が動く。関心がなければ、別にその人がどうなろうと、関係ない。

人は変わらないが、自分は変われるという言葉がある。これは、噛み砕いて言うと、人は、自分の思い通りの人には、ならないけど、自分は、自分の理想の人になれるということである。もう少し言うと、自分のエゴ(我)が、相手のエゴ(我)にぶつかる為である。

これを踏まえて、

家族、友達、恋人、仲間、同僚とか、で、ネガティブな人がいるとする。

とりあえず、関心があるから、いろいろやってみる。で、やっぱり人は、変わらないと、諦める。(チーン!)

これは、こちらの世界だけで、相手を見てるから、分からない。まず、私の世界は、棚上げするか、どっかに放り投げて、相手の世界を知る。出来れば、その人の人生を語ってもらう。そうして、そういうご事情で、そういう考えになったのを、分かる。時間がかかると思う。でも、これが、出来るのは、相手に関心があるから。そういうことをしていると、信頼関係(愛)が出来てくる。そうすると、こちらも、その考え方が受け入れられる。そうして、相手の気持ちになって、物事を考えることが出来たりする。ここのポイントは、愛を感じる(信頼関係が出来る)と、考え方は、気にならなくなるということ。

 

以外と、普段の生活の中に、知らない世界があって、そこに、真剣に取り組むだけでも、人生は充実したものになると思う!

関心の無い世界! それが、正しく無関心!(まあ、悪気はないのですが、知らないだけ。)頑張りましょう!

 

 

 

 

近所の病院さんが、ビルの二階を二部屋借りることになり、お菓子を持ってきてくれました

ありがとうございます!

日曜日に、町田で、島津先生の柳生心眼流の活法があった。

前回、足首をやると、土台がよくなることで、他の部分もよくなることが分かった。

今回、分かったのは、そもそも私達が習ってきていた解剖学の身体のイメージと、実際が違っていたことだった。

今回、これを理解してもらう為に、先生は、足関節の標本をバラバラにしてくれた。

そして、みんなに、どうなっているか?考えさせた。

私は、先生に「構造が違うんですね。」と言った。

前回の足首の時の理解は、土台が大事。足首という土台が歪むと、身体が歪む。だから、身体の症状が出ている時、その部分だけやっても、根本をやっていないので、結局は、また、症状出るよという意味で、その部分だけに、アプローチするのは、先生は、好きじゃないんだなと思った。

かと言って、先生の仰る、小指側に体重をかけるとか、草履を履くのは、今の現代の人はやらないだろうと思っていた。まあ、先生は出来るけど、みんなは、そこまでやらないだろうと思っていた。

先生の小さい頃は、裸足で歩いていたらしい、それが、靴というものを履かなきゃいけなくなったらしい。

この時、感じたことは、裸足の時の自由さから、靴を履いたときの不自由さだったそうだ。

だから、私達には、当たり前の靴を履くという感覚が、先生には、窮屈で、それが、身体を悪くしてると、実感を持って仰っていると思う。

私達は、小さい頃から、靴を履いてきて、生きている人が、日本では、多いと思う。

そこで、習う運動学は、靴ベースの歩き方だったりする。

ということは、これが、私達のベースの考え方になってしまっている。

だから、先生の仰る話は、つい例外として、武術家の人だから、それをしているのかと思っていた。

が、今回分かったのは、先生の教えてくれたことが、理にかなっていると思った。

先生は、刺激(痛み)、脳、意識が大事ということを話されている。

心眼流は、殺活なので、先生に、「例えば、100で死ぬという時、99なら、自然治癒が一番働きますよね。でも、これを、するには、恐ろしく痛いし、信頼関係がなきゃダメですよね。」と聞いてみました。

すると、先生は、治療する前に、身体の動かない方と1時間くらい話をするという話をしてくれました。

先生は、この人を治そうと本気で、覚悟を決めている、だから、患者さんにも同じように、治りたいという覚悟を決めてもらいたいと思っているんだなと思いました。これが、先生のいう意識、違う言い方をすると、一体感、私的には、愛の場。

 

なかなか症状がとれない方や、プロの方や、スポーツ、格闘技、武術、をやってる方で、運動能力を上げたいで、本気の方は、島津先生の所は、お勧めです。

 

島津正體院

東京都町田市中町1-13-9-101

☎042-729-2225

 

今回、構造も、私の理解の範囲で、書いてもよかったのですが、みんなに分かりやすいように、島津先生の本が、腱引きの師匠や、いろいろ研究しているお医者さん達も参加される形の本になるようです。

 

 

 

みなっしーから、台湾旅行のお土産を頂いた。

ありがとうございます!(*´∀`*)

昔から、好きな人は、どんな人と聞かれて、優しい人がいいですと答えていた。

6年ぐらい前には、近所の整形外科の院長先生から、打ち上げの席で、「松岡先生は、どういう人がタイプ?」と聞かれた。

その時、「私は、今の世の中いろいろあると思いますが、状況が良いから、上手くいってるのではなく、どんな状況でも、一緒にやっていく、苦楽を共にするタイプがいいです」と答えていた。

たぶん、この時の私は、状況によって、あっちに行ったり、こっちに来たりする打算的な人は、嫌いだったので、こういう言葉になったと思う。

今だと、やはり優しい人とか、知らない世界を知っている人という感じになる。

そこで、この優しい人というのを考えてみた。

昔は、真面目で、正直で、思いやりがあって、心の広い人という感じだった。

そして、ポイントは、私より優しい人。

優しさというと、人によって、私にだけ優しければとか、みんなに優しいとか、厳しさも優しさとか言ったりすると思う。

 

そして、今思う、優しい人とは、何かが分かった。

人生をやってきて、分かったのは、短気な人は、いくら恐い顔してても、我慢の出来ない人なので、精神的に弱く、毎日、日々、人生を修行のように生きている人は、精神的に強い。ここまでいくと、信念という所になる。

以前、有名な空手家の先生の講演会に参加した。

その時、その場は、ピーンと張り詰めていた。そして、私は、この人は、相当、精神的にも、強いなと思った。

そして、2年後、久しぶりにワークショップに参加して分かったのは、その信念の奥にある、弟子を一人前にしょうという愛だった。

私の言う優しい人とは、この愛が感じられる人、もう少し言うと、この愛の部分。

だから、私にとって、ゴツイ勇ましい人と時間を共有する場と、可愛いらしい女性と時間を共有する場の価値は同じになる。

無償の愛という言葉がある。無償の愛を持ちながら、運命の人と出会うといいなと思っていた時期があった。(意外と、顔に似合わず、ロマンチックなところがある。笑)

一方で、分け隔てなく愛せる。一方で、特別の人が欲しい。これは、矛盾している。でも、両方上手くいきたいと思っていた。

特別な人というのが、出てくるのは、僕の彼女とか、私の彼氏というふうに独占しないと、不安な気持ちが出るから、そういうことで、安心する為である。

今私なりに、優しい人とは、大きな愛を持っている人ではなく、この愛の場が出来ると、みんな優しい人になってしまうことだということが分かった。そうなると、特別な人というのは、なくなる。あるとすれば、愛という場でのワガママごっこになるのかなと思う。

意外と漠然としていた優しい人という意味が分かったのは、よかった。(*´∀`*)

 

松岡整骨院


千葉県市川市行徳駅前
にある整骨院です。
お怪我の際はお気軽にお越しください

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