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2015年 5月

日曜日に、久しぶり(二年ぶり)腱引きの師匠の小口先生にお会いした。

平先生と小口先生のコラボセミナーが大塚のゴールドジムで、行われた。

気持ちとしては、ずいぶんと顔を出していなかったので、小口先生のお顔が見られればいいなと思った。

平先生は、チャンピオンという漫画で、グラップラー刃牙という漫画のモデルとなった人なので、いつか、お会いしたいと思っていた。

噂では、なかなかの人格者とお聞きしていたので、楽しみにしていた。

私は、座学と思っていたので、ジャージを持っていかなかった。

平先生のお話は、人間は、本来、骨の数だけ、動かせる事が出来る。

だから、原始人が本来の人間の力が使えているだと思うという事だった。

それを、現代人は、整った場所で、暮らしているので、どんどん、固まって、いろんな症状を出しているというとの事だった。

平先生が、床に寝て、頭の位置は、同じで、背骨を動かす事を見せてくれた。

感じとしては、身体が伸びる感じで、身長が高くなっていた。(背骨を真直ぐにしているのかなと思った。)

平先生が肩をどんどん、引っ張って,捻ってというやり方をして、それを、みんなが二人一組で、やって、効果を体感する。

それに対して、小口先生が解説入れたり、腱引きでは、こうやり方もありますという感じでというのを、見せたりしていた。

逆に腰では、小口先生がやって、平先生が、うちではこうですよというのを、みなさんが出来る簡単なやり方を教えてくれていた。

今回、思ったのは、小口先生は、身体を、先生の指先で捉えた感覚をもとに、先生納得の理論を構築し、メカニズムの視点から、話をされ、平先生は、格闘技

をずっとされてきているので、実戦の中でつかんだ身体の事を話されているなと思った。

セミナーの最初に平先生が、みなさんは、健康をどのように思っていますか?

と質問を投げかけられ、この話をするだけで終わちゃうんでしませんが、という話をしました。

セミナーを終えて思ったのは、身体の中から、満ち溢れるパワーが出ていたら、悩みなんか気にならないんだろうなと思った。

悩みの捉え方を、平先生は、偏った身体の使い方、本来の身体を使えていない状態をどんどん使える状態に解放していく事で、心も解放していこうと

思っているのだろうなと思った。

身体を通して、私を知るという考え素晴らしいなと思った。

腱引きの師匠の小口先生の分析が、より、繊細になっているので、流石だなと思った。

本部には、トレイルランの鏑木さん達こられているという話だった。

どの道でも、本人の思う道を、信念を持って、ブレずにいく、姿は、かっこいいなと思った。

平先生、小口先生、ありがとうございました。

学ばせて頂ました。OLYMPUS DIGITAL CAMERAOLYMPUS DIGITAL CAMERA

昨日思ったのは、物事を知る時、今までの経験を元に物事を理解したりする人が多いと思う。

となると、私の中で、こうだと思っている事と違う場合は、なかなか受け入れられない人もいると思う。

昔、東京で、やっていた時、同僚の先生にある治療を行なった。治療効果はあった。

だが、その先生、曰く、先生の中で、論理的に納得出来なければ、それは、認めないという事だった。

その頃の私は、症状が取れれば、やり方は、なんでも、いいんじゃないかと思っていた。

私とあなたがいたとする。

私という世界で、私の理解出来る範囲で、あなたを理解する。

あなたという世界で、あなたの理解出来る範囲で、私を理解する。

このやり方でも、世界が少し広がるだろう。

私という世界で、私の理解出来る範囲で、あなたを理解しようとした。

だが、私は、あなたを理解出来ない。

あなたという世界で、あなたの理解出来る範囲で、私を理解しようとした。

だが、あなたは、私を理解出来ない。

であるならば、世界は、広がらない。

私の居る場が、同じ価値観のもの同志なら、居心地いいし、ストレスも少ないいだろう。

私の居る場が、違う価値観のもの同志なら、戦いになり、後は、力関係で、怒ったり、我慢したりするのだろうと思う。

価値観が同じだと、同じ事をしていても、相手が、この人は、なかなかこだわりがあっていいなと思えたり、

価値観が違うと、頑固だなと思ったりすると思う。

価値観がぶつかる根底にあるのは、お互い、私の気持ちを分かって欲しい、そんな時に、それは、違うと言われたら、

私の人生を否定された気がして、頭にきてしまうという事だと思う。

私の嫌いなあなたがいた時、

戦うのか?拒否するのか?私の思いは、棚上げして、聞くのか?

どう向き合うかは、私次第だと思う。

あなたを知りたい時、一番邪魔するのは、私の我である。

私は、昔、怒っている人は、嫌だなと思い、心の中で、私自身が、怒りに対して、怒っていた。

って、事は、同じじゃん、ただ、力関係によって、表面に出ているか、出ていないだけ。

信頼関係が築けると、価値観の違いは、気になりません。(実証済み)

あなたの嫌いな、頭にくる物事に、真剣に向き合うと、新しい世界が見えてきます。

ポジティブという価値観とネガティブという価値観が、一緒になって、ひとつです。

ただ、価値観が違うと、見え方が違うだけです。

ポイントは、最初は、私の知らない考え方があるんだと頭の隅に置いているだけでいいと思います。

昔は、世の中の全ての人の価値観が分かればいいなと思っていました。

ただ、それは、価値観同志の繋がりに過ぎません。

それより、信頼関係さえ出来れば、価値観の違いが、新しい世界を知るきっかけになり、楽しめます。

私事で、言いますと、努力、根性で生きてきましたので、昔は、頑張らない人は嫌いでしたし、頭にきていました。

ある時、仕事を、楽しそうにしている先生を見ました。

仕事は、糞真面目に、努力するのが、当然と思ってましたから、楽しそうは、不真面目じゃないかと思っていました。

私がその時、出来る事としたら、全てを把握してから、なら、楽しむのも、ありかなぐらいでした。

その先生を見ていて、そんな生き方もあるのかなと思いました。

一生懸命、頑張って、心を込めて、物事に取り組んでいると、没頭します。

一方、物事を楽しみながら、無我夢中になっている状態、これも、没頭の状態です。

この両方の没頭に、差はありません。

どちらでも、好きなやり方でいいと思います。

感情は、価値観の反応で、喜怒哀楽に、優劣は、ありません。

みんなが、あなたと私という意識をもっているのであれば、同んなじ価値というのを、持った上で、

仕事が出来る、出来ない、スポーツが出来る、出来ない、何かが出来る出来ないで、考える事が出来れば、

ストレスは、少ないと思います。

簡単に言うと、私とあなたの関係を、仲間と思うのか、敵と思うかで、全然違います。

こんな事を、言っておりますが、これも、ひとつの考えなので、あなたの生活が、いい方向に向かうのであれば、活用してみてください。

人生は、全て、本人次第で、どうにでもなりますので、頑張ってもいいし、頑張らなくてもいいし、あなたの思う生き方を追究してみてください。

私自身が、小学生の頃、通知表をもらうと、毎回、父親から、拳骨をもらってた人なので(2ばっかりだったと思う。)、

そんな人でも、思う事は、全て実現してきているので、みんなは、大丈夫だと思います。

 

 

 

 

 

 

前から、大きいエビフライを食べてみたいと思って、インターネットで、検索しては、行きたいな!行きたいな!と思っていた。

タイミングが、合わず、やっと、今回食べる事が出来た。(50分くらい並んだ。)

長さは、30センチのクルマエビとの事で、ぷりっとして、美味しかった。

なかなかいい雰囲気のお店だったが、私の目的は、大きいエビフライを食べる事だったので、10分ぐらいで、ガツガツ食べた。

この辺が、紳士的でない私らしい感じかなと思った。

世の中には、美味しいものある。

それを、1人で食べるのか?みんなと食べるのか?楽しい雰囲気で食べるのか?暗い雰囲気で食べるのか?

その時の場が、美味しさに関係する。

で、その時の場は、本人が創っている。OLYMPUS DIGITAL CAMERAOLYMPUS DIGITAL CAMERA

春木宮司と矢作先生の対談本【祈り祀る】この国の形という本を読んだ。

この本の中で、浄明正直(じょうみょうせいちょく)、清明心という言葉と、罪、けがれという言葉がいいなと思った。

浄明正直、清明心とは、清く、明るく、正直にという事であるようだ。

みんな、人に対して、私に対して、どれだけ、正直に生きられているだろうか?

正直に生きられる人ほど、ストレスが少ない。

例えば、短気な人Aさんが、つい怒ってしまうというのが、あって、

それに、よって、ある場面では、Aさんの意見が通ったとしよう。

また、別の場面でも、うまく意見が通ったとしよう。

Aさん的には、怒るのは、悪いと思いながら、私の考えは、正しいし、性格だから、しょうがないなと思ってたりしている。

Aさんは、相手の性にして、私の心と、正直に向き合っていない。

それが、段々、人が離れたり、何かうまくいかないというのが、分かると、初めて私の心と向き合ったりする。

相手が、気の弱い人と、気の強い人の場合は、どうだろうか?

気の弱い人の場合、怒るのは、通用する。(でも、恨まれたりしている。)

気の強い人の場合、そして、Aさんより、力が強い場合、腕力、経済力、権力等。

この場合でも、怒れるのであれば、Aさんは、相手に対して、正直に生きていると言えよう。(ただ、叩きのめされて、怒るのは、よくないに気づくかもしれない。)

この時、怒らない場合。

我慢している。(私の心に、正直に生きていない。)

そういうものだと思っている。(Aさんの価値観では、それは、正しいになっている。)

Aさんの価値観で、正しいと思っているものは、Aさんが困った状態にならないと、気づきにくい。

価値観とは、本人的に大事にしていて、正しいと思っている事。

ただ、人によって、違う。

だから、人と正直に関わって(本音で話して)、私の心と正直に向き合う。

そうすると、今まで、こうだと、思っていた事が、違う見方が出来たり、私の考えを肯定し、相手の考えも肯定する考えが出来たりする。(実証済み)

人と真剣に向き合うには、パワーが必要だったり、忍耐が必要だったり、大変かもしれないが、それが出来ると、相手の心が開放され、私の心も開放される。

浄明正直、清明心、清く、明るく、正直にとは、シンプルだが、

その人の心の状態(在り方)で、いろんな様相をしていると思う。

ただ、それが、その人にとって、その時の一番ベストの状態といえる。(本人的に、一番納得出来るんじゃないかと思う。)

みんな、どう生きたら、納得出来るか、追究すれば、後悔のない人生になると思う。(全力で生きましょう!)OLYMPUS DIGITAL CAMERA

松岡整骨院


千葉県市川市行徳駅前
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