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院長 | 松岡 良一 |
Blog記事一覧 > 行徳 交通事故 むち打ち | 松岡整骨院 - Part 37の記事一覧
親友の山ちゃんと、高校で出会ってから、30年になるという事で、今年は、30周年記念をやろうと話をしていた。
昔は、週末に、パチンコとか、競馬とか、ボーリングとか、ゲームをやったりしていた。(カラオケは、スーパー音痴なので、禁止になっている。)
その頃は、それで、熱くなっていて、楽しかったと思う。(ギャンブルは、殆ど負けていた。)
日々のストレスを、一緒に遊んで発散していたと思う。
このストレス発散に、いいのが、本人にとって熱中、没頭、無我夢中になれる事として、楽に出来る、遊びをやっていたと思う。
そんな事をして、一年の終わりに、今年の反省会をして、、来年こそは、こうしたいという話をしていた。
今は、それが、スーパー銭湯と、ご飯に変わっている。
昔は、彼女が欲しいと言っていた山ちゃんが、今は、時間がなくて、大変と言いながら、家族に囲まれて、幸せなのを、知っている。
それは、山ちゃんという意識が、個人という意識から、家族というものが、山ちゃん自身の意識になったからだと思う。
昔、山ちゃんに対して、山ちゃんの為なら、死ねると言う気持ちをもっていた。
その気持ちが伝わっていたのは、嬉しかった。
昔からの松ちゃんを見てきている山ちゃんは、カッコ悪イところ、ダメなところを一杯知っていると思うが、よく、親友として、付き合ってきてくれたと思う。
世の中は、損得だったり、優劣だったりで、人と付き合っている人もいると思うが、これからも、本音の言える親友として、
今日、白衣にアイロンをかけていて、思ったこと。
心を込めてやっていると、段々、その事に没頭するようになった。
この没頭が、癒しになる。
山登りをしていた時に、一番よかったのは、登っている時だった。
その時は、きついはずだが、その登るという事に没頭していた。
この没頭が、癒しになった。
山登りしている時、普段の生活では、大変な時期も、あったと思う。
でも、この山登りをしている瞬間は、大変という事は、考えていなかった。
ただ、登るこれだけを考えていた。
没頭していた。
これが、癒しになった。
そうして、また、頑張る為の原動力となった。
山登り、アイロンかけ、ただ、その事だけに没頭する。
これが、目の前の事をやっている、今という瞬間を生きている事だと思う。
この瞬間、瞬間、を生きるというようにすると悩みは、なくなる。
目の前の事を、大切にして生きていますか?
と私自身にいつも、問いかけていると、今という状態でいられるのかもしれない。
それが、流れに身を任せて、物事がスムーズにいく状態の気がする。
私のコダワリが、現実を創り、コダワリが無くなれば、そこには、ただ流れがある事に気づくのかもしれない。
私が問題を創り、苦しんだり、悩んだりしている。
であるならば、私が、幸せを創り、楽しんだり、喜んだりも出来ると思う。
どんな選択も、私自身次第だと思う。
私は、今という瞬間に生きる事で、頑張ってきた私自身を楽しませたい!喜ばせたい!と思っている。
ここ最近出来るように,なった事は、ちょっとした事を、面倒くさがらずやれるようになった。
最近、心がけている、直感で動くというのを、更に進めて、ぱあっと浮かんだちょつとした事を、メモしてその日のうちにやりきるようにしている。
今までは、どうしても、絶対したいという事は、全てやってきたけれど、普段のちょつとした事は、まだ、、いいかとか、後でとか、時間がたってから
やっていたりした。
そのちょつとした事は、私の中では、労力としては、十段階の二位なのだけれど、つい,面倒くさいなと思ってしまっていた。
昔、ある若い先生が、患者さんにマッサージするのをしたくて、掃除や、準備の事が疎かになっていた時、
彼は、仕事に優劣をつけていたので、彼に仕事に大きいとか、小さいとかは,無いんですよと言い、ひとつ、ひとつ大事にしなければダメですよ。
と言っていたりした。
ちょっとした事と思っいる事も、そこに、心を込めると、没頭出来る。
今、その瞬間に生きている。
そうすると、どんな苦しい状況があろうが、その瞬間は、悩む事が無くなる。
面倒くさいと思ってやらなかったのは、私の中に、物事に対しての優劣の判断があるのが、分かった。
本来は、今、この一瞬、一瞬、一瞬を、常に心を込めて行うようにするか、愛そのものの状態として在るが出来れば人生は、楽しいと思う。
掃除をするのを、見ていて、綺麗でなければ、ダメという思いでやっている人と、綺麗が好きだからやっている人がいる。
綺麗でなければ、ダメという人は、そういう考えを持っている(観念)、だから、綺麗にしない人は、許せないという感情を持つ。(その空間は、緊張している。)
同じそういう観念を持つもの同士は、話が合う。
綺麗が好きという人は、綺麗という状態を愛しているので心に余裕がある。(その空間は、ゆったりしている。)
今というこの一瞬を、過去に囚われで過ごすか、未来を心配して過ごすか、心を込めて過ごすかで、人生の豊かさが変わってくると思う。
どんな生き方も、本人納得の生き方ができれば、いいんじゃないかと思う。
もし、今の生活が違うと思うのであれば、本人の出来るちょっとした事から始めてみれば、少しづつ変わっていくと思う。
昔、福島の川島先生のブログで、トイレ掃除の話が書いてあった。
トイレの中を、ゴシゴシ擦っていると、その場所が綺麗になって、他の場所が汚れているのが、目立ってくる。
という話が書いてあった。
どんな事でも、ちょっとの事と思う事でも、なんでもいいから一生懸命やっていると、何かに気づくようになる。
気づくという事が、本人を、縛っていた考え(観念)から、解放し、より、自由にしてくれると思う。
せっかくの人生だから、この日本という平和なのんびりした国で、思いっきり、前のめりに、楽しく、生きていきたいと思います!
日曜日に、道場の稽古の後の、飲み会で、先輩の鈴木さんが、勝海舟の父の勝小吉が、なかなかの暴れん坊という話をしてくれた。
夢酔独言は、勝海舟の父、勝小吉が書いた本である。
この父の影響が、勝海舟にあると思うので、興味が出て読んでみた。
勝小吉という人物は、最初の内は、自分勝手に我が儘放題ばっかりやっていた。
特に、この時代、礼節とか、規則とかで、ガチガチの時代で、この人物は、とんでもない奴という風に見られていたと思う。
喧嘩も竹槍や、刃物とかもあるので、胆力が鍛えられたと思う。
21歳から、24歳まで、父親により、家の座敷牢での生活となった。
この時、本を読んで、道理を学んだ気がする。
この後は、人と相対する時は、正論で話をして、自分の意見を主張したり、道理を分かっているはずだが、つい昔の癖で、ズルさがでたりしたようだ。
小吉に、ある老人が、「世の中は恩を怨みで返すが世間人のならいだが、おまえはこれから怨みを恩で返してみろ。」
と言われ、そのようにしたら、やかましいばばあ殿(小吉にダメだ、ダメだと言っていた。)もだんだんよくしてくれるし、世間の人も頼ってくれるようになった。
小吉は、我が儘で生きてきたが、人の役にたつと、人から感謝され、その喜びを知り、こういう人生もいいなと思ったと思う。
勝海舟は、この自分勝手に生きる父を、見て、反骨心を抱き、それが、原動力となり、父親譲りの胆力が、磨かれていったのではないかと思う。
勝小吉、この人物のいいなと思った所は、良いも悪いも、正直に書いてある事だと思う。
最近、思う、強さとは、気の荒らさでもなく、腕力でもなく、武力でもなく、知力でもなく、経済力でもなく、権力でもなく、
どんな相手でも受け入れる心の広さだと思う。
気の荒らさは、相手を認めれる事が出来ない心の弱さであり、腕力、武力、知力、経済力、権力は、これが、あるから、強くいられるのであって、
やはり、心の弱さの裏返しといえる。
少し前の私は、強さより、心の広さとか、愛の方がいいと思っていた。
今考えると、気の荒らさとか、腕力、武力、知力、経済力、権力の一面だけを、見ていて、その裏の弱さを見ていなかったと思う。
だから、出来るだけ、その人の一面だけを見るのではなく、丸ごと分かりたいと思う。
人を見た時、一番許せないものを感じたとき、その人の中に一番許せるものが、内面にあると思う。
という事は、表面的なコミニケーションでは、お互い、対立する仲だとしても、
腹を割って話し合う事が出来れば、お互い理解しあえると思う。
クローズという漫画を、やっと、整骨院に持ってくる事ができた。
15巻、16巻が家で行方不明になり、受付のみなっしーに持ってくると言ってから、2~3年年の月日が経った気がする。
昔、おじさんの部屋で、この漫画を見つけ、熱くなった記憶がある。
男性ならば、強さに憧れるというというのが、あるだろう。
この漫画は、いろいろその人なりの悩みがあった時、主人公に出会うと、主人公の笑っちやうぐらさの強さが、ガッンと、脳天に響いて、
人によって、真正面から、ぶつかったり、悩んだり、画策したり、していたのが、どうでもよくなり、すかっとして、気分がよくなる所が魅力である。
男性の患者さんは、結構ファンの人が多い。
みんなが今いる場所で、本気のコミュニーケーションをすると、今まで、見えていなかった世界が、お互い分かるようになり、
SEKAI NO OWARI の「炎と森のカーニバル」のDVDを観た。
最近は、夜の片付けの時、SEKAI NO OWARI の音楽をかけている。
このバンドの世界観と、みんなを楽しませる感じがいいなと思った。
好きな事をしている時は、みんな無我夢中になっている。
毎日、楽しく過ごすには、どうすればいいかを考えてると楽しくなる。
私は、努力とか、根性とか、積み重ねとか好きな人だ。
その人が、その経験に基づいた、結果が出るのは、普通だと思う。
私は、過去の一瞬、今、未来の一瞬には、関連性が、ないという考えを持っている。
だから、今という視点に立つと、未来には、どんな事でも、出来ると思っている。
けれども、どうしても、過去の経験、観念、信念があると、それに基づいて、同じような道をたどると思う。
そこで、いかに、それに因われず、進めるかがポイントだと思う。
今は、思い通りに,進めている気がするが、更に、予想外の事を起こすには、どうすればいいかを考えている。
簡単な方法は、知る事、それだけで、世界が広がる。
いろんな本と出会い、いろんな人と出会い、いろんな事と出会い、本人の世界観を広げていく。
同じ物の見方をし、同じ反応をし、同じ結果になる。
それが、楽しいのであれば、いいのだが、楽しくないのであれば、楽しくなるような選択をしたらいいと思う。
私は、今、みんなが、価値観の違いを楽しめるように、なるには、どうしたらいいか考えている。
日曜日、冠光寺流の黒帯を頂いた。
去年の5月から始め、月2回、日曜日に参加している。
免状を頂いた時、道場のみなさんが、祝福の拍手をしてくれた。
祝福されるのは、いいなと思った。
道場に通っていて、1番効果として、感じたのは、価値観で、判断しなくなったので、人に対して、イラッとする事がなくなった。
以前は、明らかに、攻撃的な人に対しては、心の中で、イラッとしたりする面が少しあった。
今は、心の中は、平穏になっている。
私としては、コミュニーケーションにいいじゃないかと、勝手に思っている。
多くの人が、家庭や、学校や、職場や、社会で、人間関係で悩んでいる。
その原因のひとつは、自分の思い通りにならないからだと思う。
そこを、戦うのではなく、仲良くやるには、どうすればいいかを考えた方が、
1人の考えより、2人の考えの方が世界が広がり、お互い知らない世界を知る事で、2人ともが成長出来ると思う。
それを、どんどん広げていけば、いく程、様々な価値観を持つ人が、どうすれば、お互い納得に、満足出来るかを、考えた方が、
面白いと思う。
昔、世界にいる全ての人の価値観、経験を分かりたいと思った。
でも、一生は、短い。
それよりは、全く正反対を持つ、2人が、お互いの価値観で、判断すれば、理解し合えないが、
あなたの事を、思ってという気持ちがお互い通じあえば、信頼が生まれ、その上で、相手を、私の事のように思い、
お互いが、生きて来なかった残りの裏の部分を、分かる事が出来、表、裏の片側だけでなく、全体が分かるのではないかと思う。
本人にとって、受け入れ易い考えを取り入れ、みんなが、それぞれ望む人生を送ってもらいたい!
私の今の課題は、全てに感謝出来る人!
加藤さんの、「自分を愛する技術」という本を読んだ。
元々、人の為には、頑張れるけれど、私の為には、なかなか頑張れない私にとって、
最近の注目は、私を愛するという事だった。
私を粗末にしている人が、相手の為に行うのと、私を大事にしている人が相手の為に行うのでは、効果が違うのではないかと思ったのが、きっかけだった。
昔から、人の為なら、迷いなく頑張れるけれど、私の為だと、頑張れない事が結構あった。
今、愛の気持ちの状態であると、心の葛藤が無くなった。
どうしても、みんな生き方が違うので、例えば、全く正反対の生き方をした2人が、Aという物事を見た場合、一人は、それを良いといい、
もう一人は、悪いという。
だから、全く違う価値観を持った2人が、お互いの価値観で、話あうと、理解出来ない。
そこに、愛というのを、持って、相手を見ると、信頼関係が出来る。
信頼関係の出来た2人が、全く違う価値観を持ってい場合、お互いが、嫌っていた世界が見えてくるので、
世界は、思いっきり広がると思う。(陰陽の統合、表裏一体と言えるかもしれない。)
お互いを認め合う、楽しい世界。
こんな感じにみんながなるには、どうしたらいいか?最近考えている。
そんな時に、同じ気持ちのこの本を見つけた。
加藤さんは、自己変容の3段階として、
ステージ1
「アクション」という領域
体を使ってどう行動しているか?
行動全ての他に、目標設定や行動計画、優先順位管理、タイムマネジメント、金銭管理等、
現実や結果を実際に形創る役割を担っている場所。
ステージ2
「マインド」という領域
心で何を考えているか?
イメージングやアファメーション、ビジョンマップ、心理学や哲学、信念、想念等、
現実や結果の青写真、設計図としての役割を担っている場所。
ステージ3
「セルフラブ」という領域
魂がどう在るか?
純粋意識、純粋な自己肯定感、愛し愛される喜び、未来への期待やワクワク、使命感、幸福感等、
ここは現実や結果を創るために無限のエネルギーを供給する役割を担っている場所。
大まかには、
自分を愛する→純粋性が上がる→ありのままを見られる、感じられる(真実を見抜けるようになる)→想念が解放される→
自分が出来ると知る(使命や夢に気付く]→夢が実現する
その中で、自分を愛するという項目では、
「好きな人と一緒にいる」
「好きなことを探す」
「好きな格好をする」
「本音で生きる。自分の気持ちに素直になる」
「体をしっかり休める。ゆっくりと入浴する」
「弱い自分やできない自分も価値ある自分だと受け入れる」
いつも嫌いな人といて、やりたくないことをやり、誰にも本音を打ち明けられず、疲れやストレスを溜め込み、できない自分はダメだと裁いている。
と書いてある。
私は、努力、根性という言葉は、好きだが、努力、根性でうまくいく人と、うまくいかない人がいる。
うまくいく人は、それが大事と思うかもしれないし、うまくいかない人は、つい他の性にしたくなるかもしれない。
本当は、何かができるという事と、本人の価値は、関係ない。
が、それを、何かができる、できない事を、本人の価値と混同している人が多い。
本当は、全ての物事と、その物事の意味は、本人がしているだけであるから、関係ない。
であるならば、本人が自由になる為の意味付すれば、いいと思う。
よく、人を変える事は、できないという。
人を他人として、思って接していれば、変える事は、できないと思う。
人を私と同じように、私の分身と思って、真剣に向き合えば、変わる気がする。
これは、人生において、実証していこう思う!(加藤さんの話されるパワーパーソン)
人生は、どう生きたっていいと思います。
今回、お盆の休みは、ダチョウ王国と、両親、祖母の身体のメンテナンス、スーパー銭湯の3つが出来ればいいなと思っていた。
ダチョウ王国では、とにかく、ダチョウの卵が食べたいと思った。
ダチョウの卵は、1個4200円ぐらいするので、あきらめ、動物を見ることにした。
ダチョウは、餌をやると、どんどん積極的につついてきた。
本能で生きてるなと思った。
ポニーは、のんびりいた感じで、アルパカは、マイペースな感じがした。
子ヤギは、柵から勝手に出て、気ままにお散歩していた。
お昼は、カレーや、ダチョウの玉子焼があったので、ダチョウの卵が食べる事ができた。
ダチョウの卵焼きは、普通の玉子焼より固かった。
お盆休みは、あっという間に終わったが、予定通り過ごす事が出来た。
のんびり過ごすのも、いいなと思った。