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院長 | 松岡 良一 |
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ポジティブとネガティブ。
物事をとらえる時、ポジティブな考え方、ネガティブな考え方がある。
物事に取り組むに当たって、モチベーション、技量(行動する能力)、状況、状況を分析する力、のいろいろな要素がある。
この要素に、対して、ネガティブで、望むと、失敗する事は、簡単である。(そして、失敗体験を重ねる。)
また、昔の成功体験が、通用しないのは、この要素に対して、認識が甘いからだろうと思う。
よく、今までの経験で、物事を行い、それで、うまくいく事が、多い。
ただ、これは、全ての要素が、100%合って、うまくいったのではなく、うまくいく要素が、多かった為と思う。
例えば、整骨院に、痛みを持った患者さんが、来る。
問診して、どうして、この症状が、出たか聞く。
この時、患者さんは、この先生は、本当に大丈夫か、判断する。(よく、質問して試そうとする人もいる。 こんなに太っていて、大丈夫か?(笑い)。
これで、治療を受ける事になるのだが、患者さんの要素に、男、女、年齢、症状、原因、考え方、等があり、
また、患者さんを取り巻く状況に、仕事、家庭、人間関係、経済状況、の要素がある。
まだ、私自身、症状をとるという思いで治療している。
症状が、なくなる事で、患者さんが、気持ちに余裕が出来て、周りに対して優しくなり、
周りの人も、患者さんに対して優しくなるんだろうなという所までは、考えている。
患者さん本人にとっては、世界が、変わったと思うだろう。
生きていくなかで、人は、いろいろな影響を受け、常に、同じ状態を保つという事は、難しいと思う。
治療家として、どうしても、症状は、悪と思ってしまっているが、患者さんにとってこの症状が、
何かを気づかせるサインとして出ている事を説明する事できると、もっと大きな意味を持つのでは、ないかと思う。
まだ、今の段階では、出来ていないが、物事をポジティブとして、とらえるだけでなく、ネガティブなとらえかたも、出来、
陰と陽の両方を合わせ持つ方が、より深い感じがする。
光と闇、光しかなければ、光の意味が分らない。
闇しかなければ、闇の意味が分らない。
ネガティブを、ポジティブでとらえると、リスクの可能性が、低い安全な方法と考えられる。
また、ポジティブをネガティブでとらえると、リスクの可能性が、高い、危険な方法と考えられる。
どちらか、一方の立場に立つと、相容れないし、どちらの立場でも、その人の分る範囲でしか、理解できない。
そこで、ポジティブな見方で、いろんな可能性を、考え、
ネガティブな考えで、リスクを減らすのは、どうだろうか?
よく、いろんな人と話をしてみて、ひとつの物事でも、それについて、深く考えている人も、いるし、そうでも、ない人もいて、
いろいろだなと思うことがある。
今日、昼休みに、バイク屋さんで、いつも乗っているスクーターのオイル交換と、エンジンの調子が、悪かったので、みてもらった。
流石、バイク屋さんは、しくみを理解しているので、エンジンの調子は、よくなった。
よく、父親が、人間の身体も、機械と同じで、どこが、悪いか、見つけて、そこを治せば、いいだけという。
(素人は、物事を、表面で、とらえるから困る。)
まず、痛い場所を、特定し、その痛みの原因を見つける。
その痛みの原因に対して、治療する。
まず、痛い場所を、正確に特定するのが、難しい場合もある。
たった、ひとつの筋肉の筋繊維が、捻れているとか。(師匠が、そう言っていた。)
痛い場所の原因の場所が、本当の原因なのか。(治療を一生懸命やっている人は、どんどん追っていくだろう。)
その痛みの原因を、やって、症状が、消え、その後も、症状が、出なければ、治療が、うまくいったといえるだろう。
難しいのは、同じ症状の時で、原因が、違う時、それを、見つけられるか?
同じ症状でも、人によって、回復力が、違う!
同じ症状でも、人によって、生活環境が、違う!
同じ症状でも、人によって、考え方が、違う!
同じ症状でも、人によって、求めるものが、違う!
一人として、同じ人は、いないので、これを、考慮にいれて、3回ですとか、5回です。
と言うのが、難しい仕事に、なっている。
これを、的確に言うには、全てを分ってなければ、言えない。
せいぜい、経験を基に、これぐらいとですという言い方しか出来ない。
いつか、こうですと、完璧に、言い切りたいです。
5月の連休は、山登りと、友達と遊ぶ事を予定している。
山登りは、苗場山に、泊まりでいく。
一日目に、宿に泊まって、二日目に、朝から登って夕方に、降りてくる予定だ。
普段で、七時間かかると言われているので、雪山だと、さて、どの位かかるのか?
ちゃんと、無事に、帰って来られるのか?
いろいろあるが、遭難と、怪我だけは、しないように、しようと思う。
以前、泊まりで行った、雪山の巻機山(まきはたやま)の山登りの降りで、だーっと、滑って、ストックを刺して、
なんとか止まれてが、ストックは、グニャと曲がり、左膝の内側側副靭帯を、負傷した事が、あった。
私の見立てでは、半年ぐらいと思っていたが、絶対安静と、とにかく、好きなお菓子を食べて、治す事に意識を集中させた結果、
一ヶ月で、治った。(柔道で、右の内側側副靭帯を負傷した時は、半年以上かかった。)
あと、今回は、泊まりなので、前回の白馬山の泊まりの時、山小屋が、混んでいて、一畳半の所に、三人で、寝る状況になった。
二人とも、睡眠導入剤を、飲んで寝たようだったが、眠れなかったらしい。
とくに、リーダーは、朝、ボロボロの状態だった。
私は、どんな状況でも、一分ぐらいで、寝てしまい、この時の朝は、普段より、多く睡眠をとったので、快調だった。
ここで、ひとつ、疑問が、湧いてくる。
なぜ、強靭な精神的と、強靭な肉体的を持つリーダーが、ここまで、打ちのめされたのか?
答えは、私のいびきである。
怪獣並みである、その破壊力は、凄まじい!
昔、整骨院の分院長を、やっている時、友達が、スタッフとして、入ってきた。
昼休みは、みんな昼寝をするので、スタッフの人達には、耳栓を支給していた。
その友達が、私の向かいのベットに寝た。
友達のいびきは、凄まじく、普段、一分で寝る私が、まったく寝る事が、出来なかった。
その時の、ストレスは、強く、もう、ダメだと、思った。
次の日から、昼休みは、アパートに、帰って寝るようになった。
この時、私の心に、いびきは、大きい方が、勝ちというのが、しっかり、刻まれた。
一度でいいから、すやすや、寝息を立ててみたい。
昔、よく、パチンコ、とか、競馬とか、やっていた、時期が、あった。
その頃は、やってて、本当に、楽しかった。
友達と、中山競馬場とか、後楽園とか、錦糸町の場外馬券場に、行って、朝から、夕方まで、競馬をしていた。
殆ど、勝つことは、なかったが、その時は、楽しかった。
まあ、この頃は、普段のストレスを、解消する方法としては、これが、私にとって、唯一だった。
たぶん、何の努力もなく、手軽に刺激が、得られる事が、よかったんだと思う。(一回、一回、研究して、やれば、勝率は、あがったと思う。)
ただ、漠然とやり、その瞬間は、ストレスから、解放されていた。
その頃の、夢は、友達が、定年したら、一緒に、地方競馬をしに行く事だった。
多くの時間とお金を使い、ある時、 やっと、 気づいた。
競馬、パチンコ、 ギャンブル は、勝てない!
そこに、気づいたら、もっと、お金の使い方が、あるんじゃないかと思うように、なった。(早く気づけば、5年前には、開業できた。)
ギャンブルの本質は、お金をかける事で、お金が儲かる事だと思う。
パチンコも、競馬も面白いと思う。
私のように、熱くなるタイプは、その時の生活を、壊さない事が、大事だと思う(お給料の範囲内でやっていたが。)
独身者と既婚者で、使える額が、違うと思う。
昔、練馬で整骨院の院長をしている時、競馬をしているおばあちゃんが、いた。
そのおばあちゃんは、300円だけ使っていた。(メインレース3点)
競馬は、馬の1着、2着、3着を、当てるゲーム。
パチンコは、リーチを楽しむ。
お笑いのじゃいさんのぎゃんぶるの本を読むと参考になると思う。
みんな、自分の身の丈に、あった金額で、楽しめれば、いいんじゃないかと思う。
世の中には、いろんな楽しい事が、あり、いろんな趣味が、あると思う。
そこで、大事なのは、その趣味は、自分にとっては、興味が、なくても、それは、その本人にとっては、大事なものなので、
それを、どうこういう事は、出来ないと思う。
ただ、その趣味が、周りに、被害を及ぼしたり、その本人は、気づかないが、本人自身を苦しめているのであれば、
そこに、関与するのは、ありだと思う。
今の私は、心と身体をベストに、する事を大事にしている。(そのわりには、デブじゃん。)
元気の良い時の100パーセントと、調子の悪いの100パーセントは、どっちも、一生懸命やっているが、
患者さんに、提供出来るものが、変わってしまうので、気をつけている。
山登り、スーパー銭湯、DVD鑑賞、読書、漫画喫茶、面白そうな治療をうけるとか、そちらの方が、自分にとって価値があるようになった。
今では、友達と遊んだ時とか、実家に帰って、弟が、パチンコに行く時と、有馬記念(これだけは、毎年行く。今年からは、行けなくなるが。)
年に何回か、ぐらいになったが、その一回に対しても、父親に、おまえは、ダメだなと言われる。(お父さんも、パチンコやってるでしょう!)
これを言われると、カチンと来るが、父親は、心配して、言ってくれているので、お父さん、あまり四角四面になり過ぎても困るでしょう。
と言うようにしている。
昔、ある先生と話をしていて、ストレスが、大きいと、それを解消する為に、お金をたくさん使うという話を聞いた。
仕事をバリバリやって、お金を稼ぐようになると、それにともなってストレスが、大きくなる。
それを、解消する為に、お金をたくさん使う。
その時は、その話を聞いて、そうかなと思ったが、今は、違う。
ストレスは、全て、その本人自身が、感じていることなので、例えば、ある状況を、Aさんは、ストレス10とした時。(10が、マックス)
Bさんは、ストレス5、Cさんは、ストレス0。
というように、その人自身の感じかたが、変われば、ストレスは、小さくなる。
ストレスを無くす方法は、全て、肯定的にとらえることだ。
てめえ!何とろとろやっているんだ!と言われたら、
この人は、本当は、そんな言い方したくないが、敢えて私に気づかせる為に、刺激を与える言い方をし、そう言ってくれてるんだ。
と思えればいいのですが、(なかなか難しいと思います。)
出来ない人は、身体を鍛えましょう!
肉体が、強ければ、ストレスに対して、強くなります。(いろいろ言われても負けません。)
肯定的にとらえるというのは、イメージで、言うと、相手を受け入れる。
肉体を鍛えるというのは、イメージで、言うと、相手と戦うという感じだと思います。
ストレス社会と言われますが、それを作り出しているのは、お互いが、正しいと思い、相手を認めないところだと思います。
世の中は、まだ、競争社会だと思いますが、平面的な見方をして、パイを奪い合うのではなく、協調、調和、バランスといった、心を持ち
みんな、少しづつ、少しづつ、相手を認め、お互いの世界を広げていけば、その場所で、新たな価値を見い出し、
新しい市場を創り出す事も出来きて、平和になるのかなと思っていいます。
お互い相手を認めあう事で、重なりあい、相手を自分の事のように思えれば、素晴らしいと思う。(なかなか難しいと思うけど。)
新潟のインターの手前のパーキングの所で、チェーン規制で、チェーンがないと危ないと言う事
になって、チェーン無しのノーマルタイヤで、行くか?チェーン規制解除を待って行くか?
という事に、なったが、そのまま、行く事になった。(ああ、このまま滑って、ぶっかちゃうのか。)
高速道路は、除雪作業が、うまく出来ていて凍ったところは、なかった。(いや、一安心した。)
という感じで、八海山に、到着すると、一台停まっていた。
少しすると、管理人の人が来て営業は、やっていないので、山登りは、ダメといわれた。
まさか、まさかの現地に着いての、山登り中止。
せっかく、来たので、もうどこの山でも、いいので、ということで、山探し、
いろいろ探したが、見つからず、以前登った平標山に登る事になった。
登山口は、雪に埋もれて、道も分らなくなっていた。
登りかたは、登山口の辺りから、直登し、とにかく頂上に向けてまっすぐ、まっすぐ登った。
急登だったので、落ちたら滑って下までいってしまうので、木がある所は、まだよかったが、
無い所は、足を、斜面に刺し、指先を4本にし、刺して登った。(怖いよー。怖いよー。)
なんとか無事に登りきることが、出来た。
降りは、気をつけながら、お尻で、滑って降りた。
たまに、木にぶっかったり、止まれず激突したりした。
なんとか、無事に下山出来て良かった。
次回の5月の連休の山登りは、今回の2倍というから、大丈夫かな?と思っている。
世の中には、知らない事が、たくさんあるが、結構知った気になっている。
昔、自分の出会う世界の外に、欲しい知識がある時、どうしたらよいかと考えた事が、あった。
ただ、その事を知るだけで、世界が、広がる。
知る知らないの差は、興味の差だろう。
凄い好きなら、凄くその事が、知りたくなり、程ほどに好きなら、表面的な理解になるだろう。
昔、フォトリーディング(速読)というセミナーに参加して、本が、速く読めたらいいなぁと思った。
そこで、バシ!バシ!質問を飛ばしていたのが、経済評論家の勝間さんだった。
私は、参加しただけで、満足して、努力を怠った。
その差が、今出ているんだろう。
本当に手を入れたければ、思いっきり頑張ればいいと思う。
程ほどに好きであれば、程ほどに頑張ればいいと思う。
その選択は、本人に委ねられている。
一番最初の修行先の整骨院で、院長と、ごはんを食べている時、ごはんが、全部ポロッと落ちて、
ベタッと床にくっついた。
またその床が、汚い感じで、(掃除は、しているけど。)
まあ、これは、食べなくていいだろうとしまおうとすると、院長が、食べろと言った。
えっと言ったが、キッと睨むので、食べた。
柔道6段、早稲田卒、の院長の前で、私は、無力だった。(単純に怖かった。)
院長の実家、農家なので、食べ物を大切にという意味で言ったんだろうが、
その時は、正直嫌だった。
だから今も覚えている。
院長に、先生が、80才くらいになれば、勝ちますよ。と言ったことが、ある。(もちろん、武器あり。)
その時、院長が、「松岡、その時、おまえいくつになるんだ」と言われた。
院長は、その時でも、負けない気だなと思った。
男なら、強くて、頭が、良くて、というのが、理想で、そこに、優しさが、あるとなおいいと思う。
ちなみに、柔道の乱取りを院長と、一番初めにやった時、0.5秒で、畳に叩きつけられた。
見えなかった。
そんな院長が、男として、ひとつの理想だと思う。
いつか、もっと成長して、ぶっかりたい。
その時、労わりの精神を持てるとよいのだが。
今日は、一日雨が降っている。
そんな中、私の地元の方の君津市から患者さんが来院された。
雨の日でも、治りたいという気持ちが、強い方は、来られている。
みんなそれぞれ生活の中で、優先順位が、ある。
痛くても、仕事をしなくては、ならない人もいるし、自分の事より、家族の為に頑張る人もいる。
同じ症状を、持っていても、置かれている環境が、違い、その人の回復力が違い、
考え方が違う。
となると、その症状の意味づけは、みんなそれぞれ違うのだろう。
よく病気や怪我は、気づきのきっかけになる。
本当の意味で、病気や、怪我の意味を理解できたら、治る場合が多いと思う。
物事には、全て意味があると、自分に甘い私は、思う。