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2013年 5月

業捨(ごうしゃ)という本を読んだ。

谷原先生の業捨というのは、業を取る事で、症状を取るというものです。

具体的には、右手の人差し指に、拇指をそえ、人差し指の腹と爪の間で、シャツの上からこする。

この時こすられる時の痛みが、激痛らしい。(刺青の3倍から5倍)

こすられた背中は、人によって、赤くなったり、どす黒くなったりする。

この本の中に、胃袋の丈夫差は、生まれもったもので、あるけれど、腹八分に、食べておく事も出来るし、

逆に暴飲暴食して、胃袋を壊す事も出来ます。と書いてあります。(私は、分目位食べています。)

生まれもった環境は、人それぞれ、あると思いますが、人生どう生きるかは、自分次第だと思います。

朝、整骨院で、ニッポン放送をかけていて、人生相談の中で、変えられるものは、変えましょう、変えられないものは、受け入れましょう。

といっている。

つい、キツイ時は、人の性にしたくなってしまう。

私も、昔、整骨院のグループに、勤めている時、家が、金持ちだったら、オーナーに、負けないのになと思った事が、あった。

今、思うと、その状況を、人の性にしていた。

今では、努力すれば、なんでも出来るというのが、分かり、力がつけば、力のある人と出会い、

そこで、また、自分の未熟さに、気づき、目標にし、努力をする。

よく、才能がある、ないとか、いう。

同じ事をやって、直ぐ出来る人となかなか出来ない人がいる。

私は、元々直ぐ出来るというタイプでは、ないが、自分の事を棚に上げて、恐ろしい程理想を高く持つ。

そうすると、同じ練習の仕方では、器用な人(その事に関して能力の高い人)に追いつけないが、

別のやり方で、能力をあげたりする事が出来る事が、分かった。

という事は、本来学習する事は、画一的な練習方法でなく、その人を見て、その人にあった練習方法を行うのが、いいんだろうと思う。

AでダメならB、BでダメならC、CでダメならD、DでダメならE、EでダメならF、とにかくうまくいくまでやってみる。

本の中で、「人はまず、心の中で、思った事を口に出し、そして行動にうつすというのが、自然です。

ですから、心の中で思っていることが、清ければ、言葉も良くなり、従って行動も善なるものになります。

けれど、心の中に邪悪なものがあれば、言葉も行動も悪に走ってしまう結果となるのは当然でしょう。」と書いてあり。

特に、思いが大事と言っています。

悪い事を思ってても、法律で、罪には、問われませんが、憎しみや、怒りといった悪感情を抱くと、それが、心の奥に残る気がします。

悪感情が、起こるのは、自分の中にある、物の見方、考え方にあると思います。

悪い奴とか、嫌な奴とかは、普通、自分なら、そんな事しない、自分とは、全く逆と思う人も、多いでしょうが、

そもそも、悪いとか、嫌な感情が、分かるのは、自分の奥底に、同じものを持つからだと思います。

とすると、悪いあいつ、嫌なあいつは、自分と同じタイプ。(いい人、素敵な人も、同じタイプ。)

自分が、悪い奴、嫌な奴に、反応するように、相手も、自分の中にある悪い部分、嫌な部分に反応していると思います。

自分が、悪い奴、嫌な奴と思う人が、ある人には、素直でいい感じに、話をしているのを見ると、

(昔は、こいつは、悪い奴ですから、騙されないで下さいと思っていました。)

悪い奴、嫌な奴と思っている人は、ある人のいい部分に、反応しているのだと思います。

だから、自分の成長を見るには、悪い奴、嫌な奴と思っていた人と接して、快適な時間が送れるかだと思います。

世の中の葛藤の多くは、本当は、周りでなくて、自分自身が、つくっているのに、気づき、一つ、一つ、自分の奥底の考え方が分かると、

人生が楽だと思います。(そんな事は、言っていても、毎朝の豆大福は、止められません!)

毎日、毎日、なんとなく生きるのも、前のめりで、燃え尽きるように生きるのも、全て、自分次第だと思います。

とりあえず、全ての価値観を持てるように、一歩、一歩進んでいきます。

 

 

ゴールデンウィークを、家族で、山登りに行ったり、友達とスーパー銭湯に、行ったりして、のんびり過ごした。

今週、仕事をしながら、考えた事は、

私の今までの思考の整理だった。

①今まで、治療の仕事をしていて、保険を中心で、行っていた時、

手強い症状だと、普通に、揉んだり、解したり、動かしたりしても、症状が改善しない事があった。

かといって、その保険の範囲内で、その人だけ、特別に何倍もやると、システムが、壊れる。

(みんなが、10分なのに、その人だけ、60分。明らかに不公平感が、漂う。)             

症状を分割して、少しづつ取るという考え方と、手技があればよかったのだが。

そんな時は、休みの日に、来てもらって、長いと、3時間ぐらい、期間で半年ぐらいやったりした。

(同じ手技で、同じ場所をやる場合は、1時間以上やっても、それ以降の改善度は、高くなかった。)

この時の私の気持ちは、とにかく今持てる力、全てで、患者さんをなんとかしてあげようと思っていた。(自己満足の世界だが。)

②次に、この状況を第三者の立場で見た時、

私は、患者さんにとっては、症状が、軽くなるのは、嬉しい事だろうが、この先生は、休みを返上して、凄く頑張っているなと思い、

ここに、不公平感を感じた。先生が上でも、患者さんが上でもなく、平等な関係がいいと思った。

そこからは、私自身の納得のある上での、患者さんとの関わりとなった。

力のある人が、難なく出来る事が、力のない人は、無理しなければいけない。(その差は、努力の差だと思う。)

③更に、考えたのは、

一般的に、自分と相手が、いた時に、自分中心の人は、身勝手と言われ、悪く思われる。

逆に、自分と相手が、いた時に、自分の身を棄てて、相手の為に頑張ると素晴らしいと思われる。

でも、どちらも、バランスを欠いている気がする。

④更に、更に、考えたのは、

第三者として、見た時にも、2つあって、

その見方が、自分と相手と同じ目線で、考えると、そこに、損得が、発生する。(自分が得した、損した、相手が得した、損した。)

もう1つの見方は、全体として、見る。(全体が、うまくいくには、どうすれば、いいか?を考える)

困っているから、助ける。

今、相手が、困っているから、助ける。(自分の出来る範囲で、そうしないと自分が困ってしまう。出来ない事は、他の人に助けてもらおう。)

今、自分が困っているから、助けてもらう。(相手の出来る範囲で、そうしないと相手が困ってしまう。出来ない事は、他の人に助けてもらおう。)

自分の責任を果たし、それでも、ダメな時は、周りが助けてくれるそんな社会がいいなと思います。

⑤自分自身の課題。

患者さんに対する一生懸命な気持ちと同じぐらい自分を大事にする。

今は、自分を棄ててもという気持ちは、患者さんの為といういう思いが強いが、

一方、自分に対しては、粗末に扱っている。

もっと、自分を患者さんと同じくらい大切に思えるといいのだが、そこが、課題。

 

 

 

                                 

松岡整骨院


千葉県市川市行徳駅前
にある整骨院です。
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