ヘッダー

捉え方。行徳で深夜0時まで交通事故、むち打ちの治療を自賠責で行っています。

昨日、知り合いの先生と話をした。

その時出た話が、正当性を主張しない。

争わない。

そうすると、融合が起きる。

昔、整骨院のグループに勤めている時、友人が、スタッフとして、入ってきた。

彼とは、性格的には、正反対だと思うが、非常に馬が合った。

昔から、困った時には、助けてもらっていた。

友人として、非常に信用していた。

スタッフで、安心して任せられる先生が、辞める事に、なったので、これは、大変だなと思っていた。

そんな時、友人が、入ってくれる事になったので、これで、大丈夫だと思った。

いざ、仕事をしてみると、マイペースで、指示に対して、100パーセントで答えてくれない。

これが、友人の時は、個性かなで許せるのだけれど、仕事となると、精一杯やってもらわないと困る。

私の中の精一杯は、その人の個々の能力は、差があるので、その人なりの精一杯があれば、いいと思っている。

精一杯やると人は、成長すると思っている。

後で聞くと、この時の彼は、昔ののんびりしていた私を見ていたので、もっと楽かなと思ったのに、ハードなので、

話が違うと思ったらしい。(困っているから、力になったのに、話違うじゃん!)

私は、私で、院長の言葉は、絶対と思っているところに、それを、100パーセント徹底出来ないところが、

手を抜いている気がして、非常に心の中で、葛藤が、あった。

同じ信頼している友人でも、仕事となると、違うんだなと思った。

これが、院のルール(正当性)と思ってやっていた気がする。

正当性を主張する事は、自分の人生の積み重ねを主張する事だと思う。

そして、私の気持ちを分かってもらいたい。

出来れば、同意してもらいたい。

だから、否定されると、自分の人生を否定された気持ちになって、衝突が起こる。(お互い譲れない!)

例えば、ご飯とパンが、ある。

この時、Aさんは、ご飯とパンの両方が好き。

Bさんは、ご飯とパンの両方が、嫌い。

Cさんは、ご飯は、好き、パンは嫌い。

Dさんは、ご飯は、嫌い、パンは嫌い。

この時、Aさん、Bさん、Cさん、Dさんを否定する人は、いないと思う。(小さい頃は、好き嫌いなく、食べようと言われるけど。)

これは、嗜好(好み)なので、みんな分かり合え易いのでは、ないだろうか?

とすると、正当性も、同じように、みんなそれぞれ、生き方が違うので、

いろんな好みがあると、受け入れる事が出来れば、衝突がなくなるのでは、ないだろうか。

私は、あなたと感覚(好み)は、違うけれど、あなたの事は好きだよが、伝われば、世の中平和になるかなと思います。

今、出来る事は、お互い見えなかった世界を、繋げて、そこに、気づいたら、好きになるなとか、

そこまで、気づかなかったので、嫌いにならなかったとか、少しづつ、お互いの世界を広げていけると、いいなと思います。

出きる範囲で少しづつ、少しづつ。

昨日は、知り合いの先生と、どちらの慈愛が、大きいか、慈愛勝負をして、遊んでいました。(最後は、なぜか、回っていました。)

 

 

 

松岡整骨院


千葉県市川市行徳駅前
にある整骨院です。
お怪我の際はお気軽にお越しください

固定ページ

カレンダー

2018年6月
« 5月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930